50 コラムの締めくくりとして、安全の品質について

2024年 07月15日

ジャズと食と、安否確認

 そういえば、小学生の時分はブラスバンドに所属していて、小学6年生の謝恩会では仲間と一緒にスウィングジャズの名曲「In the Mood」を演奏しました。1939年にリリースされたこの曲は、デューク・エリントンやブライアン・セッツァーや、日本でもクリスタルキングが瀬戸内行進曲(IN THE MOOD)としてもカバーされているので、「あぁ、あの曲ね」となる読者の方も多いかと思います。矢口史靖監督の「スウィングガールズ」や、テレビドラマ版の「嫌われ松子の一生」の挿入曲になっているので、聞けば、「あぁ、この曲か」となる方はもっと多いかと。
 ただ、昭和世代の場合、この曲を聞いて思い浮かべるのは、シーフードレストランチェーンの、レッドロブスター、というのが圧倒的なんじゃないかと思っています。いま、「あぁ、あれね」とCMを思い出された方が一番多かったりして。
 なんとなくジャズの話から入ってきてしまいましたが、話はそのレッドロブスターでの話。入店すると水槽に立派なロブスターが収まっていて、調理前にも生きた状態を見せてくれます。「うわぁ、生きてる」なんて歓声も聞こえてきますが、その生きているのは今の瞬間であって、これからそのロブスターは調理され、「いただきます」と、ありがたく賞味されることになってしまうんですよね。

 このロブスターの「うわぁ、生きてる」をふと思い出したのが、過日参観に呼ばれた防災訓練でのこと。参観先では、全社員に導入されている安否確認システムの運用試験をしており、若干抜打ち的に地震発生の訓練配信がなされ、その後30分以内にどれだけの安否確認ができるか、という訓練内容でした。
 今や多くの企業が採用している、安否確認システム、たしかに突発的な大規模災害が発生したときに、社員の一人ひとりが無事だったかどうかを知れることは重要です。でも、もっと肝心なことは、そのあと、どうするか、なのではないでしょうか。「うわぁ、生きてる」の、その後の話です。
 安否確認が取れた者から、適宜出勤して、BCPの活動を推進して欲しい、と言われても、社員の皆さんは安全に会社に辿り着くことができるのでしょうか。侍の時代の御家大事よろしく、会社大事と無理を推して出勤する道中でケガをしたり、命を落とすことがあってはならない話ですし、それでは何のための安否確認だったのか、という話になってしまいます。
 安否確認の訓練も大切ですが、読者の皆さんや、皆さんの同僚、仲間は、安否確認を送信した後、どれだけ確実に自分の安全を守ることができるでしょうか。
一方、安否確認訓練を推進している担当者の方は、「A課は全員、安否確認が取れました。B課は、返答率8割ってところですね、参加率イマイチですね、意識低めなんですよね」と感想を話されていましたが、これはこれで問題な発言です。安否確認は、安全であることを知らせる仕組みです。実際の運用において、返答率8割ということは、防災意識が低いのではなく、2割の従業員が、生命的な意味合いで意識を失っている可能性があるという、被害発生のサインであるからです。

 

東京都帰宅困難者対策条令の落とし穴

 会社に限った話ではありません。たとえば子供のいる家庭で、子供と離れている時に災害が発生したら、誰しもがまずは子供の安否を確認したいと思うでしょう。でも、連絡が取れて、無事が確認できたとして、その後はどうすればいいのでしょうか。保護者と子供というのは、保護と被保護の関係性が非常に明確な関係です。買物に出かけたら、子供が迷子にならないように見守るのは保護者の責任ですし、そもそも保護者が一生懸命仕事をしてお金を稼ぐ理由の1つは、子供を育てるためであるはずです。
 ただ、このノリのままで防災に話が移ってくると、誤解が生じます。勿論、防災の分野でも保護者は子供に十分な防災教育の機会を提供して欲しいと思いますし、自宅に子供の分も含めた災害備蓄を用意するべきです。ただ、発生した災害から身を守って安全を確保する、という観点においては、保護者は保護者らしさを発揮できるほどに十分な能力を備えているのでしょうか。
 本コラムでも既にご案内の通り、災害発生直後に移動を開始すると、群集事故に巻き込まれるリスクが高まり、とても危険なんです。筆者が防災面で支援をしている教育機関では、現在、保護者に対して、校舎の安全性や備蓄の程度をしっかりと説明をした上で、「保護者の皆さまにおかれましては、まずはご自身の安全を確保していただき、ある程度状況が落ち着いてからお迎えにいらしてください、それまでは確実にお預かりします」というコミュニケーションを推進しています。
 勿論、会社も同様で、事業継続計画(BCP)の推薦を優先したいばかりに、社員にすぐに参集するよう呼びかけるのは、危険な行為です。まずは各自の安全の確保が最優先です。

 ちなみに、東京都の場合、東京都帰宅困難者対策条令という条令があり、発災直後のむやみな移動をしないよう求められています。そもそも帰宅困難者というキーワードは、1991年に東京都防災会議が報告書で扱ったのが初出とされています。それが2011年の東日本大震災の際の大規模な帰宅困難者の発生で一気に注目を集めるようになり、同年、東京都が東京都帰宅困難者対策条令を施行しました。全国の各市町村、自治体でも、それぞれの地域防災計画を辿ってみると、むやみな移動をしない、という文言を見つけることができます。
 ところが、困ったことに、その代表格のような存在である東京都帰宅困難者対策条令において、この条例のネーミングが大変まずい。この条例と、むやみな移動の抑制が紐づくことで、帰宅困難者はむやみな移動をしてはいけない、つまり、帰宅困難者でなければさっさと歩いて帰ればよろしい、という誤解を与えている印象を受けるわけです。実際の条令では、むやみな移動の抑制は、「都民の義務」として定義されています。ほかの地域防災計画でも、対象は市民全員と読み取れるケースが殆どです。
 この条例、本来だったら、「大規模災害時のむやみな移動を抑制する条例」みたいなネーミングにすべきだったと思うんですよね。実際の内容もそっちのほうがメインの条令なのですから。

 

防災マニュアルだけでは災害を乗り越えられない

 防災というと、国や自治体は法律、条令、計画を整えます。会社でもマニュアルの整備に力を入れます。そして、備蓄を整備していきます。しかし、それだけで十分でしょうか。勿論訓練も欠かせません。しかし、政府や自治体の訓練も、また、民間であっても、その訓練は段取りを確認することが多いのが残念な実態です。勿論それが無意味だとは言いません。読者の皆さんも、これまでに幾度となく避難訓練に参加されたことはあるでしょう。その訓練の意味合いを考えてみれば、どこを通って、どこに出るのか、集まるのか、といった段取りの確認が主旨だったのではないでしょうか。階段通過時に余震が来たらどうやって転倒を防ぐか。途中で歩けなくなってしまった仲間がいたらどう対処するのか、といった訓練の経験はあるでしょうか。
 たしかに、消防士や自衛官などは、日頃から訓練を積んでおり、災害というイレギュラーな状態に対して、イレギュラーな段取りをどうこなすかを確認すれば、十分に実力は発揮できることでしょう。けれども、それと同じことを私たちにあてはめられても、そもそもの素養が違い過ぎます。
 だから、安否確認をして、会社に集まって事業継続計画にそって、社業の復旧に取り組む、というマニュアルだけでは、きっとダメなんです。マニュアルや計画は、災害が起きた時に、私たちが段取り面で取り乱さないように段取りを決めるものです。しかし、言い方を変えれば、段取りしか決めていないのです。そこで実際に活動する私たちの安全については、別のアプローチを考える必要があります。
 これまで、49回の連載を続けてまいりましたが、ここでご案内した防災の諸々は、防災マニュアルには載っていない技術やアイデアに重点をおいたものでした。
 別の角度でアプローチをしてみましょう。冒頭にご紹介した、ロブスターを調理するには、レシピが欠かせません。レシピと食材、それは料理の基本です。でも、包丁の扱いを知らなければ、甲羅の上を刃が走って指を切ってしまうかもしれませんし、沸騰したお湯に放り込むだけでは、熱湯が飛んで火傷するかもしれません。味はさておくとしても、料理をするにも、基本の技術がなければ、危険です。
 防災も同じことが言えます。防災マニュアルで段取りを確認し、資機材を整えたとしても、安全を守る技術がなければ、災害を生き延びることはできません。私たちは、マニュアルや資機材の充実度を考える以上に、そこに備えられる安全の品質について考えるべきです。

 

安全は自分のためだけじゃない

 これまでもご案内してきたように、災害時には自身の安全が何よりも優先されます。あなたがケガをすれば、あなたがやるべき仕事を他人に押し付けることになります。あなたを助けるという仕事が増えます。てんやわんやの状態の医療機関にさらに負担を強いることにもなります。
 そもそも、わが国の防災の基本となる災害対策基本法では、防災とは、①予防、②発災時に被害の拡大を防ぐ対応、③復旧という3段階が組み合わさった者であると定義されています。つきつめれば、防災の目標は復旧にあります。物は壊れても修理したり、新しいもので置き換えが可能です。数百年の歴史を誇る寺社仏閣が焼失したり、一点しかない国宝の壺が粉々になったりするのは、たしかに大きな損失かもしれませんが、でもね、人の命に代えてもよいものなど、この世にはありません。
 たしかに、災害で落命される方は不憫です。そして、いつまでも深い悲しみが残ります。ところで、その悲しみは、亡くなった本人ではなく、その周囲の生き残った人々に残ります。帰ってこない喪失による悲しみを抱えての復旧は、大変な困難を伴います。明けない夜は無いとは言いますが、あなたが安全を無視するようなことがあって、帰ってくることが適わなくなってしまった時、それは、あなたが、あなたの周りの大切な人々から夜明けを遠ざけることになります。

 防災とは、つきつめれば、復旧です。災厄を乗り越え、平時を取り戻す人の営みにほかなりません。誰一人欠けることなく平時を取り戻すことが、目指すべき防災の姿ではないでしょうか。
 これまで2年以上にわたって、連載を続けさせていただきました。このコラムを通じて、防災マニュアルや備蓄品だけではなく、災害時の安全、ということに少しでも関心をもっていただけたら、これに勝る喜びはありません。またいつか、どこかでお会いしましょう。
 今日も、明日も、ごあんぜんに。

 

 

 

 国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤

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