32 素早い判断があなたの心を守る

2023年 10月15日

あらためて判断の重要性

 このコラム連載が始まった当初、第1話と第2話で、防災の基本についてお話をしました。発災の時刻、その時点の天候、気温、何をしているか、など、災害の態様は災害ごとに異なるだけでなく、一人ひとりにとっても異なります。そんな千差万別な災害に対する備えに「これだけやっておけば大丈夫」的な王道はなく、ケースバイケースで安全を最優先にした行動が求められることを第1話ではご案内しました。また、第2話では、それだけ多様な災害の中でも、判断をしない、あるいは、判断の遅れというものが、常に悪い結果につながっているということを説明しました。とどのつまり、防災の要諦とは、安全を基準・目的とした素早い判断の連続、ということになります。
 第32話の今回は、この判断について、別の観点から考えていきたいと思います。テーマはメンタルケアです。災害という破壊的な非日常現象は、それ自体がストレスの原因となりますが、それに付帯して、大切な人や物を失う悲しみ、被災生活の不自由さ、復旧までの多難な道のりなど、多くのストレッサー(ストレス要因)が絶え間ない波のように押し寄せてきます。ご案内の通り、ストレスはASD(急性ストレス障害)やPTSD(心的外傷後ストレス障害)の原因となる場合があり、ASDやPTSDは心だけでなく普通の生活を送ることの阻害要因になったり、自殺へと発展したりすることもあるために、油断することはできません。
 そのストレスの影響から心を守る手段がメンタルケアであり、防災においては欠かせない要素です。さて、判断とメンタルケアにはどのような関係があるのでしょうか。

 

後悔は悪なのか

 「あの時もっと勉強しておけば」「あの一言さえ言わなければ」など、人は、災害時でなくても多くの後悔をします。この後悔がストレスの一因となっていくわけですが、そもそも後悔って何なのでしょうか。
 心理学において後悔は、もしかしたら起きたことや、過去の行為や結果など何かが違っていたとしたら起きたことへの思考をします。ある意味、ファンタジー、想像と同類の思考であるとされています。ただ、想像と決定的に異なるのは、後悔の出発点は現在の状況であり、しっかりと現実にリンクしている点であると言えます。みなさんはひょっとしたら後悔という言葉からネガティブなイメージしか抱かないかもしれません。しかし、後悔とはそもそも、後悔をすることにより同様の悲劇を繰り返さないための準備を促したり、原因を追究して世の中の因果関係をクリアに把握させたりする効果もあります。よって、後悔は、掘 り起こされる記憶は苦痛をもたらすことがあるかもしれませんが、より建設的な出発のために背中を押してくれる原動力を与えてくれる思考でもあります。
 後悔をしているとき、人は過去を振り返っています。そういう意味で、後悔は、反省と似ているところがあります。確かに、上司や先生などから絶えず反省しろ、反省しろと叱られるのは鬱陶しいものですし、その反省の促しに妥当性が感じられない場合は、それこそストレスです。一方で、静かに自分と向き合い、自発的に反省する時などは、その先に新たな発見や悟りが待っていることがあります。適切な度合いでする反省は成長のステップになり得ますが、常時反省し続けることは、つらいですし、前を向く気力やチャレンジする勇気を削ぐ結果になりかねません。このように反省には適量というものがありそうです。
 後悔も同様で、後悔に対して過剰に反応し、後悔に飲み込まれてしまうと、新しいことに挑戦する気持ちが減衰します。人は必ず後悔をするものだ、それは脳が起きた出来事を理解するために原因を追究しようとしているプロセスでしかない、といった受け止め方ができれば、後悔ともうまく付き合っていけそうです。
 そんな風に考えられたら誰も苦労しないさ、と思われるかもしれませんが、ここは防災のコラムであり、筆者の常套句は「訓練に勝る防災はなし」です。そう、後悔の仕方も、日頃からの心がけで少しずつ、あるいは、少しくらいは変えていくことができるかもしれません。

 

判断が与える影響

 後悔に関する学問の世界は、他の様々な事象と同様にとても幅広く、奥深いものですが、今回は防災における判断の重要性とからめて、判断が後悔にあたえる影響について考えてみる事にしましょう。判断の観点からすると、後悔は行為後悔と非行為後悔に大別することができます。行為後悔とは「したことに対する後悔」であり、非行為後悔とは「しなかったことに対する後悔」です。この分け方をした場合、良い選択は行為後悔で、大きなストレスの原因となりやすいのが、非行為後悔となります。その特徴を見てみましょう。
 例えば災害の現場でAさんは負傷した人と遭遇しました。色々と不安はあるものの、これまでのコラムを読んでいたAさんは、サージカルグローブを携帯していて、サージカルグローブで自分自身が血液からの感染症に接するリスクを回避しつつ(詳しくは第21話参照)、持っていたハンカチで止血を施したとします。そのあと、Aさんの心の中には後悔の念が沸き上がってきます。「あれで適切な対応だったのだろうか」「あの人は大丈夫だったろうか」といった後悔です。これが、実際に自分がしたことに対する後悔、行為後悔です。
 Bさんは、負傷した人に直面して、どうしたら良いかわからず、その場を離れてしまいました。しかし、まもなくBさんは見知らぬおじさんを連れて戻ってきました。そのおじさんは実はこのコラムを書いていて、応急手当のためのサージカルグローブや三角巾、ガーゼを持ち合わせていたので、Bさんの助けの求めに応じて負傷した人に何かできないかとついてきてくれたわけです。その後、Bさんも後悔をします。「あのおじさんで良かったのだろうか」「その人は無事だったのだろうか」といった後悔です。Aさんの場合と異なりますが、Bさんも助けを求めるという行為をしているので、これは行為後悔に当てはまります。
 さて、Cさんもまた、不幸にも負傷した人に遭遇してしまいました。その出来事に完全に動転してしまったCさんは、まるでその負傷者を見なかったかのようにその場から一目散に退散してしまいました。「あの人は大丈夫だったろうか」とCさんもまた後悔をしますが、Cさんの場合は、その負傷者に対して何もしていないために、非行為後悔となります。

 行為後悔の場合、後悔の根底には自分が行った事実があるために、後悔によるイメージのふくらみも、その事実に立脚しています。脳も具体的な事実を積極的に覚知するために、建設的な思考がしやすくなります。結果的に、Aさんも、Bさんも「何もしなかったわけじゃない」「あの時出来る限りのことはしたんだ」といった前向きなあきらめ(=気持ちの切り替え)に到達しやすくなります。一般的に行為後悔は週単位で解決の方向に導かれるとされています。
 一方、非行為後悔の場合は、行為の事実が無いために、イメージもあらゆる方向に無制限に広がっていきます。また、具体的な立脚点がないため、何から考えはじめ、どう考えていいのかといったヒントがありません。結果的にCさんは「何かできることはあったんじゃないか」「なぜあの時に立ち去ってしまったのか」といった悶々とした思考にとらわれてしまう可能性があります。非行為後悔は月単位、あるいは年単位で思いおこされ、ながく心に留まり陰を落とし続けます。

 

自分の安全を最優先にするための判断の重要性

  防災の絶対的なルールは自分の安全を最優先とすることです(詳しくは第1話参照)。この安全には肉体的な安全のみならず、精神的な安全、すなわちメンタルケアも当然に含まれます。
  前述のAさん、Bさん、Cさんのケースでは、誰が心理的にダメージを受ける状態、心の安全がおびやかされる状態に置かれたのでしょうか。事実の受け止め方は人それぞれですので、勿論例外もあることでしょう。ただ、一般論的にストレートな考え方をするのであれば、Cさんの心は安全な状態ではない可能性があると言えます。行為後悔と非行為後悔、どちらも根本は同じ後悔であるのに、行為の存在がその影響力を大きく変化させます。
  Aさん、Bさんが行為後悔を得るまでの経緯は異なります。Aさんは応急手当という直接的な行為を実施していますから行為後悔を得るのは当然と言えば当然でしょう。Bさんは応急手当という行為はしませんでした。その時点ではCさんと同じ非行為です。しかし、Bさんはどこかからおじさんを連れてくるという行為をしていました。応急手当という存在感のある行為のためにBさんは何もしていないように見えますが、Bさんは確かに助けを呼ぶという行為に至っているのです。
 このAさん、Bさんに共通しているのは、判断です。Aさんは自ら助けるという判断をしています。その後も、サージカルグローブをはめるという判断、手近な布で止血をする判断といった具合に判断の連鎖によって応急手当を完成させました。Bさんは、どうして良いか分からない時に、「私にはできない」という判断をしました。その判断が呼び水となって、「であるならば、助けを求めに行こう」、「このおじさんが手伝ってくれるというから負傷者のもとに連れて行こう」といった判断の連鎖が起き、負傷者は応急手当を受けることができました。2人がした「素早い判断」は結果的に行為後悔として意識に残り、多少なりとも心の安全を守るのにプラスの要因に結びついたのです。

 私たちは、日常生活の中で、どれだけの素早い判断を行っているでしょうか。あるいは、いくつの判断を先延ばしにしているでしょうか。判断は習慣です。素早い判断が習慣化している人は、結果的に行為後悔の傾向が強く、ストレスに対する免疫も強くなります。いつも判断を先延ばしにしている人は、その結果としていくつかの非行為後悔を抱え込み、心の中に重しを飲み込んでしまっているかもしれません。ストレスが連続的に多発する災害に直面した時に、あなたはどのような後悔と向き合いたいですか。
 今回は、後悔の一側面をご案内したに過ぎません。ただ、習慣化された素早い判断は、後悔から心を守る1つの手段であることは間違いないと言えるでしょう。

日頃から素早い判断を。訓練に勝る防災は、なし。

 

 


国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤  

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