06 災害時の危険

2022年 09月15日

防災活動時の危険

 災害が発生すると、その対応として様々な活動が必要となります。あらかじめ役割分担がなされ、予定されていた活動もあれば、人員不足によって応急的に対応すべき活動も出てきます。第1話でご案内した通り、そうした諸々の活動において、絶対的なルールは自分自身の安全を最優先にすることです。そして、その安全かどうかを判断する最初の基準は、自分自身がその活動についての訓練を受けているか否かであるということも、既にご案内のとおりです。
 一方で、例えば地震の揺れによって散乱した室内の掃除、整理や、備蓄物資を倉庫から運び出すなど、特段の訓練を受けていなくても、普段から実施している活動が訓練の代替となっていて、故に実施できそうな活動も無いわけではありません。
既に訓練を受けている活動、日常的な作業の延長である活動、そうした様々な活動を実施する段階での安全の確保について、今回は、危険という視点で考えてまいりましょう。

 

刺さるもの、あついもの、重いもの

 代表的な危険として、刺さるもの、あついもの、重いものがあります。刺さるものは容易に傷の原因となります。多量に出血をすれば命にかかわります。出血はたいしたことはなくても、クギなどを踏み抜いてしまえば歩くことができなくなり、活動は大幅に制限されます。また、衛生環境も悪化する災害現場では、破傷風や蜂窩織炎(ほうかしきえん)といった傷口が原因となる感染症にも注意をする必要があります。あついもの、あえて平仮名で表現をしていますが、熱いものには火傷の危険がありますし、暑い環境は熱中症の危険性をはらんでいます。そうした刺さるもの、あついものについてはまた別の機会にご案内するとして、今回は三番目の危険、重いものに焦点を当ててみます。
 災害時の危険としての重いもの、とは、どのような危険でしょうか。建物が倒壊してくるのも重いものですし、キャスターを固定していないコピー機が地震動によって突進してくるのはまさに凶器で、内臓出血や骨盤骨折は、迅速かつ適切な対応が必要な重傷となります。避難ルートなどを考える際にブロック塀に注意、とよく言いますが、あれも重いものですね。ちなみに、人間は自重の4倍の負荷がかかると、肺が圧迫され10分程度で窒息死します。自重の3倍負荷であっても、1時間程度の圧迫で死に至ります。
 ブロック塀は、ブロック1つが約10㎏あります。一軒家の塀であれば、9段重ねが一般的で、それが複数列連なって塀を形成します。内部の鉄骨やコンクリートの重量も加味すれば、ちょっとしたブロック塀でも1トン以上の重量があることが分かります。自動販売機は約800㎏あります。スクーターも150㎏程度ありますから、体重30㎏程度の小学生にとっては十分な脅威になると言えます。電動アシスト付き自転車も35㎏程度ありますから、駐輪場での将棋倒しに巻き込まれた場合には深刻な事態となる可能性があります。

 重いものは何も物体にかぎった話ではありません、人が生み出す圧力も時として大きな危険になります。パニックとなった群集が引き起こす群集事故といえば、誰かが転倒することなどによって引き起こされる将棋倒しをイメージします。しかし、移動している群集が、袋小路でつかえてしまい、そのことに気付かない後続が後ろからぎゅうぎゅうと押したり、逃げ場のない通路で群集同士が衝突したりした場合、そこで生じる圧力のために立ったまま窒息することもあります。2001年に発生した明石花火大会歩道橋事故では11名の尊い命が失われましたが、このときの死因にも立った状態での圧迫が含まれています。災害時には群集の一部に引き込まれないような注意も必要です。

 

身近にひそむ重いものの危険

 ここまでは直接命にかかわるような重いものをご案内してまいりましたが、もっと身近にひそむ危険な重いものなんてものもあります。災害が発生して、皆さんが職場に居残って災害対応、復旧作業をしているとしましょう。普段の業務の延長上にある作業もありますが、それ以外にも、例えば備蓄物資を倉庫から引っ張り出して配布する、といった肉体作業の必要も出てくることでしょう。
 ここに、2リットルの水が、20本入ったケースがあります。いっぺんに運びますか、どうしますか。このケース、水の重量だけで40㎏あります。普段から運動をされていて、筋力や体力に自信のある方であれば、ケースごと持ち上げてしまうかもしれません。でも、この時にこそ気を付けて頂きたいのが、身近にひそむ危険なのです。厚生労働省労働基準局が、労働環境の安全衛生として示す腰痛予防対策指針によれば、腰を保護するために、重量物の持ち上げは、体重の40%以内を目安にするように、とされています。更に女性の場合は、その60%、つまり体重の24%以内を目安にする必要があります。前段の40㎏のケース、そのまま持ち上げるのであれば、男性であっても体重67㎏以上の体格でないと腰痛のリスクが高くなることがわかります。

平時でも無論ですが、この腰痛が、災害時にはかなり厄介なのです。ぎっくり腰を経験されたことのある方はイメージしやすいでしょうが、腰を痛めてしまうと、身動きが取れなくなります。身動きが取れなくなるという点では、釘を踏み抜いても身動きは取れなくなるものですが、こちらの場合、前述の通り、感染症の危険もありますから、早急な医療によるケアが必要となります。一方、腰痛自体では、早々に命のリスクにつながることはほとんどありません。(勿論ないとは言い切れませんので、適切なケアが必要なのは間違いありません)仲間がせわしなく立ち働いているのを横目に、横になってじっと痛みに耐えるしかありません。その上、トイレに行くのにも仲間の助けを借りないといけないとなると、徐々にそのストレスが負担になってくる可能性は十分に考えられます。
申し訳なさや悔しさ、役に立たない恥ずかしさ、そういったネガティブな感情が、腰の痛みに苦しむ自分に被さってくると思うと、これはこれでなかなかに辛いものです。その後、腰痛のほうは治療を受けて改善するかもしれませんが、場合によっては、それよりも長い期間、ストレスによる心の傷が残ってしまうかもしれません。

 

重いもの対策のための訓練、習慣

 災害時には、しかし、様々な重量物を運搬する必要が生じます。仲間が負傷したら、救護所まで搬送する必要がありますし、先の例のように備蓄物資や、あるいは、片付けによって発生したゴミや瓦礫なども重量物です。なんとかしないと、と、責任感が強くなればなるほど、作業に没頭して、うっかり許容以上の重量物を持ち上げようとして腰を痛めてしまうこともあります。そうした腰痛のリスクだらけの発災後の環境で安全を確保するためには、やはり、普段からの訓練、習慣が重要になってまいります。腰痛リスク回避のためのアプローチは3つあります。①意識付け、②持ち上げ方、③みんなで口うるさくなる、です。
 意識付けとは、まずは自分の体重から腰痛リスクが高くなる許容重量の目安を把握します。(男性なら自重の60%、女性なら自重の24%)その上で、普段から持ち上げる物の重量を意識します。皆さんが通勤時に持っているカバンの重さはどれくらいですか。スーパーで買い物した帰りなどは、肉類はグラム売りですし、液体はざっくり1リットル1㎏の計算で勘定するとおおまかな荷物の重さが推定できます。重さの検討をつける感覚が養われることも重要ですが、重そうな物を見た時に「あ、これは重そうだ」ではなく「これは何キロくらいあるんだろう、重そうだな」と、分からなくてもいいんですが、重量のイメージを持てることが大切です。
 担架搬送の訓練でのことです。体重60㎏前後の二人が、彼らよりも少し大柄な方を担架で運ぼうとしていました。勘の良い読者の皆さまならもうお気づきですよね。ここには腰痛のリスクが潜んでいます。体重60㎏であれば、許容重量は36㎏×2人で72㎏となります。大柄な人ということで、万が一体重が80㎏あったとしたら、許容重量をオーバーすることになります。仮にオーバーしていなくても、もう少し余裕のある作業のほうが安全は高まります。この問題はどのように解決すれば良いのでしょうか。
 単純に運ぶ人を増やせば良いのです。同じような体格の人が3人になれば、許容重量は108㎏となりますし、4人なら144㎏です。これなら腰痛のリスクもかなり低下するだけでなく、そもそも作業自体が楽になります。実際、3名で乗り込む救急車の救急隊員は、担架搬送は3名で行います。また、陸上自衛隊での担架搬送は4名が基本です。
 普段から具体的な重さのイメージを持っていれば、仲間を集めて一緒に運ぶ、荷物を小分けにして運ぶ、といったアイデアにつながり、それが安全にもつながります。

 

重いものを持ち上げる

 重いものを持ち上げるときには、①しゃがむ、②持ち上げるものに出来る限り近づく、③背中を伸ばす、この3点が基本となります。これの逆の動きが、あかん持ち上げ方ということになるわけですが、すなわち、膝を伸ばしたまま、上半身をかがめて(腰から肩までの距離だけものから離れていますし、背中も曲がっています)ものを持ち上げるというものです。この状態からものを持ち上げるには、上体を起こせば良いだけです。
 その手っ取り早さから、ついついそうやってものを持ち上げたくなる気持ちは分かります。でも、それをやるから腰を痛めるのです。上半身を起こすということは、腰を支点としますから、当然腰に負担が強くかかります。さらに、持ち上げようとしているのはものの重さだけではありません、あなたの頭、体幹、両腕も一緒に持ち上げようとしているのです。60㎏の体重の方であれば、頭、体幹、両腕が占める重量は60%、36㎏程度になります。仮に15㎏のものを、上半身を曲げて持ち上げようとすれば、腰を支点とした梃子の計算をしてみれば、腰の部分には自重の7倍程度の負荷がかかることがわかります。そりゃ腰やりますよ。

 逆に、正しい持ち上げ方を守れば、しゃがんで、背筋を伸ばすことで(米国などではLook up!(見上げろ!)と声がけをして背筋を伸ばします)腰の負担を軽減し、太ももとお尻の部分、人体で最も大きな雑大筋肉を利用することができます。さらにものに出来る限り近づくことで、距離による負担増加が減少します。この持ち上げ方の究極の姿は、重量挙げの選手かもしれませんね。
 そして、最後、「みんなで口うるさくなる」ですが、重いものを持ち上げるときは、だいたいにおいて自分では何とかなると思い込んでいて、だからこそ、1人で持ち上げようとして、腰を痛めます。なので、仲間同士で他人の節介焼きになってみてはどうでしょう。「ちょっとそれ重そうじゃないか」「一人で大丈夫か」「手伝おうか」と声がけができると、チームワークも向上するでしょうし、「俺が運んでやるよ」なんてのはなかなか男前です。
 人が動くとき、それは大体において、物を運んでいるときと同義です。それだけ身近な活動のはずなのに、災害時、運ぶものが少しずつ重くなるだけで、大きな危険につながることがあります。そして、その先に潜む腰痛というとんでもない厄介ごとを回避するためにも、普段から安全な重さとのお付き合いを。

 

 


国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤   

 

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