20 祭りの後の倦怠感

2023年 04月15日

最後までやりきることの大切さ

 ゴールと同時にその場で崩れ落ちてしまうマラソンはさておくとして、長距離走の選手の様子を眺めていると、ゴールしたあとにも立ち止まらず、歩きながら顔を上げ気味にして呼吸を整える様子を見ます。一方で走り慣れていない子どもが持久走を走り終えると、その場にへたりこんでしまい、大儀そうに呼吸を続けていることがあります。どちらの行為が正しいかは、なんとなく想像はつくことでしょう。

 激しい運動の直後には、あちこちの筋肉や、脳が多くの酸素を求めています。酸素を運ぶのは血液の役割です。そのため、心臓がばくばくと一生懸命に働きます。ところが、心臓のポンプ機能というのは、動脈に血液を送りだすことに特化しています。酸素を運び終えた血液が再び心臓に戻るためには、静脈を通る必要がありますが、静脈の血流に関して心臓は、動脈に血液を送りこんで、先の血液を押し出そうとするだけで、大した役割を果たしていません。
 一方、静脈は竹の節のように弁がついていて、逆流を防ぐ機能をもっています。体内の筋肉が動いて静脈を圧迫することで、ある節の中の血液を次の血液に送り出すことで、静脈の流れは円滑になります。
 この働きを筋ポンプと呼んだり、乳牛の乳首を手のひらで圧迫して牛乳を搾りだす動き似ていることからミルキングアクション(搾乳作用)と呼んだりします。つまり、激しい運動の後は、体の動きを継続し、ミルキングアクションを促すことで、全身に酸素がめぐるようにすることが回復には欠かせません。逆に、すぐに体を止めてしまうと、血流が不安定となり、血圧が下がったり、酸素の供給量が減少したりするために、筋肉が攣る、失神する、といった現象が起き、危険な状態に陥る危険性もあります。冒頭のマラソンランナーがゴール直後にくずれおちるのも、こうした酸素不足による失神が原因であるとされています。
 とはいえ、今回のお話しは、なにも長距離走の話をしようというわけではありません。この枕話で重要なポイントは、激しい運動の後は、やさしい運動に切り替えて酸素供給を安定化させる、そこまでをルーティーンとして最後までやりきることの大切さについてです。

 

最後っていったいどこなんだ

 やる気や目的意識、あるいは必要性がはっきりしていれば、何かを始めるというのはそんなに難しい話ではありません。まだぬくぬくと寝ていたいと思っていても、強い尿意をもよおせば、いやいやながらにもベッドから這い出してトイレに用便へ向かいます。楽しい食事を続けていたいと思っていても、強い地震が襲ってきたら、安全のための避難行動をしなければなりません。

 では、一旦始めた行動は、どこで終わるのでしょうか。筆者が災害対応に必要な様々な技術を指導していて感じるのは、かなりの割合で多くの方が、この行動の終わりを意識していないという点です。行動の最後というものは、把握するのが存外に難しいものです。しかし、この最後をしっかり意識しないと、実効性のある技術として身に着かないのもまた事実です。

 基本的な所作を身につけ、ある程度の知識を習得したら、防災訓練も少しずつレベルアップさせていく必要があります。筆者の場合は、防災訓練がレベルアップしてくると、行動の最後をしっかりと意識させる内容へと変化していきます。これは防災訓練の訓練としての限界を少しでも解消しようという取り組みでもあります。読者の皆さんもこれまで何らかの防災訓練に参加された経験はお持ちでしょうが、そこに共通しているのは、開始時刻と終了時刻が明示されていたことです。「訓練終了時刻:終わるまで」なんて訓練を経験されたことがあるでしょうか。

 これが防災訓練の限界の1つです。防災訓練は、どんなにハードな内容であっても、あらかじめ終わりが分かっているのです。訓練がきついだけ、訓練後のビールがおいしくなる、といった楽しみも待っているかもしれませんし、なにより熱いシャワーを浴びることができますし、乾燥して清潔なシーツに横になって寝ることができます。実際の災害では、このような時間単位、日単位での終わりがあるわけではありません。見渡す限り広がる被災地を眼前にして、これが元通りに戻ることなんてあるのか、と、茫然自失になっても無理はありません。本コラムの第1話で、被災から復旧して普段の生活を取り戻すまでが防災であるとご案内しました。復旧の日まで、あなたの体力と気力は維持できるのでしょうか。

 現実的な問題として復旧までは数週間、数か月かかります。本稿を執筆している時点で2011年の東日本大震災の発生から11年が経過していますが、原発事故の影響などから、まだふるさとに戻れていない方もいらっしゃいます。11年が経過してなお、本当の意味の防災は完了していないのです。これだけの長い期間、一心不乱に防災に全力投球しようとすれば、途中で精魂尽き果ててしまうのではないでしょうか。あるいは冒頭のマラソン選手のように、復旧できたかなと思った瞬間に気が抜けて、そのまま落命してしまうかもしれません。

 そこで、大切なのは、一つ一つの行動について、しっかりと始まりと、そして、最後を意識して、行動がひと段落ついたらきちんと休息を取る、といった細かな行動と休息の組み合わせで持久力を維持する、ということです。

 

勝って兜の緒を締めよ

 別のたとえ話をしましょう。筆者の趣味のひとつに料理があります。そのために、オープンキッチンスタイルの料理店に一人でお邪魔して、カウンター席で、料理人の動きを眺める事もしばしばです。
 料理は段取りが重要だと言います。料理の上手な人と、あまり得意でない人を見比べると、この段取りに大きな差異が見られるように思います。さらに突き詰めると、この段取りにも、行動の最後がどこにあるか、という概念が絡んできます。端的に言えば、料理が得意でない人の「調理」という行動の最後は、料理の完成で締めくくられることが少なくないように感じます。勿論、調理はおいしい一皿を供するために行われる行動ですから、それはそれで目的を達成していると言えなくもありません。
 しかし、料理上手が調理をした後のキッチンは、整然としているのです。すぐに次の調理に取り掛かれるように、調理器具は調理を始めた時と同様に整然としていて、使用済みのフライパンや鍋がシンクに山盛りになっていることはありません。料理上手にとって調理と言う行動は、次の調理に備えるところまでをもって最後となります。この行動の最後の見極めがとても重要なポイントになります。

 さて、希代の名将であったナポレオンの名言に「最も大きな危険は勝利の瞬間にある」というものがあります。これと同様の教えを説く日本のことわざがあります。それが「勝って兜の緒を締めよ」です。この言葉の意味合いから、行動の最後について深掘りしてみましょう。
 困難なドローン飛行のミッションもまた同様ですが、災害対応時の行動には強い緊張が強いられるものが少なくありません。人は緊張すると、交感神経が強く働くようになり、アドレナリンなどの活動ホルモンが多く分泌されます。行動がひと段落したと感じると、この交感神経の働きが休止し、休息モードをつかさどる副交感神経が働くようになります。交感神経の働きが強いほど、そのあとの副交感神経の影響も強く表れるようになります。緊張の糸が切れる、と言われるように、副交感神経の影響が強いと、いち早く休息を取らせようとして、強い疲労感、無関心、無気力が生じます。気の緩みだけでなく、生理的な虚脱が起きるこの症状を「揺り戻し」と呼びます。
 前掲のナポレオンは、この現象に気付いていた人です。かのナポレオンと言えども、連戦連勝というわけではありません。時には局所的な戦闘で敗れ、敵方に砦を奪われることもありました。この時、ナポレオンは前線で活動していた部隊とは別に待機部隊を用意していました。一旦退却を判断した後に、奪われた砦に、気力も充実している無傷の待機部隊を向かわせます。勝利の充実感と、揺り戻しによる疲労感ですっかり動きの鈍くなった敵方を一気に襲って、あっという間に砦を取り戻した、という逸話が残っています。
 勝って兜の緒を締めよ、ということわざも同様の趣旨を示しています。こちらは戦国時代の雄であった、北条氏綱の言葉であるとされています。氏綱の場合は、もっと中長期スパンの気の緩みにも視野を広げていたようですが、気の緩みというものは、行動が終了した直後から始まっているものなのです。

再編成の教えLACE

 この揺り戻しに対応するため、米軍ではLACEという行動原則が用いられています。これは兵士が作戦行動から戻った後に、Liquids(水分の補給)、Ammunition(弾薬の補給)、Casualties(負傷者の対応および医薬品の補充)、Equipment(装備品の確認)の各段取りを実施して、次の出動に備えてから任務を解く、という内容です。緊張の度合いを段階的にゆるめることで、揺り戻しの程度を低減させるのに加え、次の行動がいつでも開始できるように準備をさせることが目的です。
 振り返って、私たちの経験する様々な訓練は、このような揺り戻しを防ぐための「行動の最後」をきちんと定義しているでしょうか。ドローンを飛ばす前には、プロペラやプロペラガード、本体に異常が無いかをしっかりと点検しますが、飛行が終わってドローンを片付ける際にもしっかりと確認をしているでしょうか。バッテリーはデリケートなアイテムですから、何とも言えない部分があるかもしれませんが、プロペラなどがケースに格納している間に勝手に破損する、などという事態は殆どないはずです。フライト前の点検で異常が見つかったとして、フライトを断念する以外に、適切な対処法があるでしょうか。そのフライトが防災のための任務であったとしたら、フライトを断念するだけで済まされる任務なのでしょうか。
 フライト後の点検で、プロペラの異常が見つかれば、次のフライトまでに部品を交換するといった対応をとって、次のフライトへの備えが充実します。その上で、過酷なフライトで張り詰めた緊張が一気にとけて、無気力に陥ってしまう揺り戻しもある程度回避ができるかもしれません。

 ちなみに、料理が得意でない方の中には、調理を面倒くさいと感じておられる方が少なからずいらっしゃる様子です。食事が終わった後の揺り戻しのタイミングで、キッチンに積み上げられた洗い物を見て、うんざりしてしまうのかもしれません。調理の段取りを少し工夫して、調理中の洗い物を意識できるようになると、面倒くささも薄れて、料理が少し得意と感じられるようになるかもしれません。
 私たちは、あらためて、自分たちの行動はどこまでが最後なのかをしっかりと考え直すべきかもしれません。

 

 

 

国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤 

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