44 その備蓄、発災時に利用できますか

2024年 04月15日

備えていても使えなくては意味がない

 本コラムではこれまでにも、災害対応に役立つ資機材を紹介してきました。そこでいつもテーマとしていたのは、備えたら実際に使ってみること、ということでした。もう本コラムの読者の皆さんであれば、買ったままパッケージも明けずにしまいこんである防災資機材なんてないはずですよね?さて、災害への備えにおいては、ヘルメットや照明器具といった資機材も欠かせませんが、一方で水や食糧といった消耗品の備蓄も重要です。ご自宅での備蓄であれば、コンテナ1つや、収納棚に収まるかもしれませんが、職場での備蓄となると、その数量は膨大になります。今回は、こうした大量の備蓄物資の保存方法についてのお話しです。
 皆さんの職場の防災備蓄を想像してみてください。水や食糧を納めた段ボールがいくつも積みあがっているのではないでしょうか。さて、この積み上げられた段ボールですが、地震の揺れによる倒壊防止は十分でしょうか。ファイルキャビネットや棚などは転倒防止の固定がなされていたり、コピー機やシュレッダーなど重い機器は動かないようにキャスターをロックしたりストッパーが当てられたりしているでしょうが、備蓄物資の耐震は、案外と盲点であることが分かってきました。
 具体的な話に入る前に、防災備蓄が倒壊した時の状況を想像してみましょう。備蓄倉庫の床一面に段ボールが散乱しています。地震によって倒壊したわけですから、まさに今が備蓄物資の出番でもあります。とりあえず従業員の皆さんや、オフィスに訪問していたお客様のために水の配布をすることとして、倒壊しているとはいえ、段ボールを運び出すことにしましょう。この時、もし水が倉庫の奥に保管してあったら、まずは手前の段ボールたちを片付けて通路を確保しなくてはいけません。あらためて段ボールを積み直すとしても、積み直すための空きスペースがありません。一旦、手近な段ボールを全て倉庫のそとに運び出し、スペースを確保した上で、整理を開始する必要があります。

 飲料水の備蓄は、500mlのペットボトルであれば、一箱24本、2リットルなら1箱6本、内容が変わってもだいたい段ボール一箱で13kg程度の重さがあります。クラッカーのような軽そうな物資であっても、1箱あたり5㎏程度の重量にはなります。さらに、倒壊し落下したときの衝撃で、段ボールの封が破けて中身が散乱しているかもしれませんし、ペットボトルやプルトップ型の缶詰などは破損によって内容物が漏れ出しているかもしれません。微妙なバランスで倒壊を免れていた物資についても、余震や、作業の影響によって時間差で倒壊するかもしれません。作業者がその下敷きになってしまえば、それこそ深刻な二次災害となり得ます。
 物資の倒壊が起きた備蓄倉庫というのは、誰もがうんざりする悲惨な光景です。

 

「はい」という用語

 物流の世界には「はい」という日本語があります。これは、荷の流通過程で、保管、仮置き、検数などのために倉庫などに積み重ねられた荷の集積状態を指す名詞です。工事現場で建物の材料となる鉄骨が何本も積み重ねられた状態もはいですし、米屋さんの店先で米袋が積み上げられているのもはいです。勿論、防災備蓄倉庫に保管された備蓄物資もはいに該当します。
 こうした積み上げられた物資が崩れれば、とても危険なのは当然です。労働安全衛生法では、高さ2m以上のはいの積み上げや荷くずしについては、技能講習を修了したはい作業主任者が直接指揮をとることが義務付けられています。
 さて、このはい作業主任者になるための講習で使われるテキストを紐解いてみると、積み上げる荷の種類によって、積み方の様々な基本形が紹介されていて、それぞれの積み方のメリット、デメリットが紹介されています。段ボールなどの箱物の荷についても勿論、複数の積み方が示されています。その積み方を皆さんにもご紹介しましょう。
 最も基本的な積み方が、ブロック積みです。これは段ボールを同一方向に積み上げる方法で、特に意識せずに箱を積み上げれば、たいていブロック積みになります。ブロック積みは、積みやすい一方で、同じ向きに積んでいるために、上から下まで一直線に隙間ができ、荷くずれしやすいというデメリットがあります。荷くずれを防ぐためには、段ごとに箱の向きを変えて、一直線の隙間ができないように積む必要があります。これは箱の形状に応じて、交互列積み、ピンホイール積み、れんが積みといった方法があります。ジェンガと呼ばれる積み木崩しのゲームがありますが、あの積み方が交互列積みです。あのゲームは、途中の積み木を、倒壊しないように抜き取る遊びですが、相互に組まれた積み木が負荷を分散することで、なかなか倒壊しない様子は、交互列積みの耐性を表しているとも言えます。

 また、荷くずれを防ぐための工夫として、バンドで箱をまとめて縛ったり、巨大な食品用ラップフィルムのような、伸縮性フィルムをぐるぐるとはい全体にまきつけて固定したりする方法が採られることがあります。

 

地震体験車の実験

 さて、筆者は仲間の研究者とともに、実際、段ボールの積み上げ方を工夫するだけで、どれだけ地震に耐えられるのか、ということを確認するための実験を行いました。実験に利用したのは、皆さんも防災イベントなどで体験したことがあるかもしれない、地震体験車です。地震体験車はトラックのような車で、荷箱のなかに家庭の部屋のような空間が再現されていて、過去の震災の揺れや、震度7といった特定の震度階級の揺れを体験できる装置が搭載されています。この地震体験車の空間に、飲料水とビスケットの詰まった段ボールを積み上げて、どの程度の震度で荷物の倒壊が発生するかを確認しました。

 一箱13kgの飲料水と、5kg弱のビスケットでは、揺れによって増幅される移動の力にも差が生じるため、耐えられる震度にも違いが生まれます。ブロック積みで積み上げた段ボールは震度5弱から5強で倒壊してしまいました。しかし、ピンホイール積みにした場合、特に補強をせず段ボールを重ねただけでも、飲料水もビスケットもそれぞれ1階級強い震度階級で倒壊する結果となりました。つまり、ブロック積みでは震度5弱で倒壊した荷物が、ピンホイール積みではしっかりと耐え、震度5強で倒壊したのです。
 PPバンドというポリプロピレン製のバンドで縛った場合には、さらに強度が増し、ピンホイール積みをフィルムで包んだ場合には、最強の震度階級である震度7でも、倒壊せずに残りました。
 この実験から分かったのは、一般的なただ同じ向きに積み重ねるブロック積みで集積した備蓄物資は、ある程度の強さの地震でも倒壊する可能性があり、ピンホイール積みのような、段ごとに向きを変えて積み上げて、更に何らかの補強を施すだけで、震度6弱などのかなり強い揺れでも、倒壊を免れる可能性が高くなるということです。フィルムで巻き付けることができれば完璧ですが、限られた空間に物資を隙間なく積み上げるような防災備蓄倉庫では、巻き付け作業をするだけのスペースが確保できない場合があります。それでも、PPバンドを巻くひと手間を加えておけば、安全性は高まります。

 

めったにお目にかからない備蓄物資だからこそ

 たしかに、ブロック積み以外の積み方は、初めて実施するときには、積み方を考えながら作業をせねばならず、手間に感じる部分もあります。そうはいっても、賞味期限が5年設定は当たり前、中には7年保存可能な備蓄物資も存在するような現代ですから、備蓄倉庫で積み上げる作業も5年に1度実施すれば良いだけです。その作業のひと手間を惜しんで、いざ大地震が発生した際に、倒壊を起こして足の踏み場もないような倉庫の前で途方に暮れるか、迅速な物資の運び出しを実現して、少しでも早い復旧につなげるか、どちらが正しい防災の姿でしょうか。
 ちなみに、筆者はインターネットを使って、全国160箇所以上の防災備蓄倉庫の保管状況も調査しました。物流の専門家がフォークリフトなどを用いて管理するような、専用の倉庫ではなく、ビルの中の一室を防災備蓄倉庫として利用しているケースでは、その8割近くが、人の身長以上の高さに段ボールが積み上げられ、その9割がブロック積みで集積されていました。中には、段ボールの経年劣化によって、地震がきたわけでもないのに、ブロック積みで積み上げた段ボールが列ごとたわんで倒壊寸前の状態になってしまっていたケースも確認されました。

 既に積み上げて、防災備蓄倉庫に収まっている備蓄物資を積み直すのは、たしかに面倒な作業です。それでも、現状を改めることができれば、それは防災として素晴らしいことです。そこまではできなくとも、賞味期限切れで、備蓄物資を入れ替える時にでも、今回の話を覚えておいていただいて、積み方を一工夫していただけたら、なによりです。

 

 

 

国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤 

 

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