47 あらためて腰痛の話題

2024年 06月01日

腰痛はあかん

 本コラムの第6話で、災害時にしてはいけない負傷の1つとして、腰痛をご案内しました。その時のおさらいをしてみましょう。一般的に「ぎっくり腰」などと呼ばれる急性腰痛症(ここではざっくりと「腰痛」と言います)は、荷物を持ち上げる時に、想定していた重さよりも、ずっと重かった、あるいは、はるかに軽かったことで腰部に急激な負荷がかかることで発症します。読者の皆さんのなかにも腰痛を経験し、つらかった思い出を記憶されている方がいらっしゃるのではないでしょうか。
 災害時に、腰痛になってはいけない理由は3つです。①腰痛では死なない(註:あくまで今回の話題であるぎっくり腰についてです。腰痛には、脳神経や心臓と血液循環などの危険な身体の不調に起因するものもありますので、注意が必要です)、②すごく痛いが、気を失うほどではない、③日常的な行動に支障をきたす、という点です。まず、腰痛は緊急性が低いため、救急医療が優先される災害時の医療機関では受け入れてもらえない可能性もありますし、医療機関からすれば甚だ迷惑な話です。よって、とりあえず事業場の片隅で安静にしておくしかなかったりするわけですが、意識ははっきりしているので、せわしなく働く仲間の様子はひしひしと伝わってきます。戦力になれず、そのしわ寄せが仲間に押し付けられているのに、トイレに立つときには、仲間の肩を借りないと歩けなかったりすることもあります。これは生命の危険はなくとも、メンタル的にかなりしんどい状況になってしまいます。なので、腰痛には最大限注意を払う必要があります。

 そんな腰痛ですが、以前もご紹介したように、厚生労働省が示す指針によれば、男性は自重の40%、女性の場合は24%(ざっくり4分の1ですね)を目安に、それより重いものを持ち上げるときには腰痛を発症するリスクが高くなるとされています。これを日本の成人の平均体重に当てはめてみると、男性は26㎏、女性は12㎏よりも重い物を持ち上げる時には、十分に注意する、あるいは、持ち上げるのをあきらめた方が良いということになります。

 

目の前の物体は果たして

 筆者のインストラクターチームには理学療法士が在籍しています。普段は整形外科などの病院や、訪問介護の現場なんかでリハビリなどを担当する理学療法士がなぜ防災?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、その点については、また別の機会にお話しするとして、理学療法士は関節や筋肉の働きを観察プロでもあります。彼らの知識領域では、人体には先行随伴姿勢調整(anticipatory postural adjustments: APAs)という働きがあるとされます。APAsとはある行動をとる場合に、これから取る行動によって生じる負荷を想定して、予備的に筋肉を収縮させたりする無意識な動作を指します。ざっくりとした言い方をすれば、動作の前の「ため」とか、身構えといったイメージでしょうか。
 さて、このAPAsは視覚からの情報に大きな影響を受けることが分かっています。そして、そこには知覚の錯覚と呼ばれるバイアスも含まれます。すなわち、物体が大きければ重い、小さければ軽いと想像してしまいます。これによって、例えば、同じ重量の物を、大きな箱と小さな箱に入れた場合、大きな箱のほうが重いだろうと想像して、APAsが筋肉をしっかりと働かせて持ち上げるために、重量は変わらないはずなのに、大きな箱のほうが軽い(楽に持ち上げられた)と感じてしまうことがあります。

 さて、いま皆さんの目の前に、様々な災害備蓄の物資が置いてあるとします。段ボールには、それぞれ、500mlの飲料水が24本、5枚入りの乾パンのようなビスケットが60食、毛布10枚が入っています。それぞれの重量はどのくらいで、どれが一番重いと思いますか。あなたの性別と体重から考えた場合に、その物資はあなたにとって腰痛発症のリスクを高めるものでしょうか。いきなり答え合わせをする前に、少し一緒に推理をしてみましょう。まず、飲料水は、500mlが24本ですが、全体で12リットルの水です。水は1リットル=1㎏ですので、計算は簡単ですね。ただし、ペットボトルのも勿論重さはありますし、それだけの重量物ですから、段ボールも少し分厚くて頑丈なものが使われている可能性があり、そうなると、段ボールの重さも考慮する必要があります。同様にビスケットも掛け算で試算できそうですね。ちなみに、カロリーメイト1本の重さは20gです。でも、乾パンのほうが、がっつり焼き固められて重そうですよね。60食分でどれくらいの重さになるのでしょうか。皆さんは毛布を体にかけて就寝した場合、毛布が重くて寝苦しいという経験をされたことはありますか?タオルケットほどではないにせよ、毛布を体にかけてもそれほど、重さは気になりませんよね。ということは、毛布10枚入りの段ボールはどれくらいの重さでしょうか。
 実際には、ビスケットは約5.5kg、飲料水は約13.0kg、毛布は約19.0kgあります(ビスケットと毛布は製品によって重さにバラつきがあります)。この重量感はイメージ通りでしたか?ところで、ドローン用のバッテリーを12本収納したコンテナはどれくらいの重量でしょうか?車からの荷下ろしを女性スタッフに任せたりしていませんか?

 

荷重安全ガイドの企画

 備蓄物資には、飲料水や食糧のほかに、毛布や簡易トイレなど様々な種類がありますが、大抵の物資は、段ボールに入っていますし、その段ボールの大きさは似たり寄ったりです。それにより、内容と同様に、重さもてんでバラバラです。普段は事務仕事がメインの人だって、災害時には色々と手伝いを求められ、備蓄物資の搬出を頼まれることもあるかもしれません。そんな方にとって防災備蓄倉庫は、腰痛のロシアンルーレットのような環境です。
 そんな状況下で、荷役に不慣れな方も、戦力として活用でき、かつ、作業される方々を腰痛発症のリスクから守るために、筆者は、荷重安全ガイドというシステムを企画し、自治体などに提案をしています。システムといっても、大したものではなく、備蓄物資の段ボールに貼付するラベル(物品、数量、納入日、賞味期限などが記載されている)に、その荷物の重さと、男性と女性の平均的な腰痛注意ラインである、26㎏と12㎏を基準とした注意アイコンを表示したのです。あわせて、そのアイコンの意味と、腰を守る荷物の持ち上げ方を示したポスターを、備蓄倉庫の中に掲示します。高価な機材を購入する必要もありませんし、停電時に備えて電源を確保しておく必要もありません、ただ、印刷して貼っておく、それだけです。でも、それだけで、かなりの効果があることが分かってきました。

 

重いものには重量を記載しておく

 この、荷重安全ガイドの効果のほどを検証するために、実験も行いました。前述のビスケット、飲料水、毛布の段ボールを用意して、被検者の方々には、それを持ち上げてもらうというものです。前述のAPAsと呼ばれる動作の前の姿勢を測定すれば、その人がこれからどんな持ち上げ方をして、それが腰痛リスクが高いか否かをある程度推測することが可能です。具体的には、被検者を真横から撮影し、膝関節を観察します。膝関節が真っすぐであれば、腰を支点として上半身をクレーンのように動かす荷物の取扱いとなり、腰部への負担が大きく、腰痛リスクが高まります。一方で、しっかりと膝を曲げていれば、腰から上の背骨はしっかりと固定され、腰痛リスクを回避しながら作業をすることができます。
 実験では最初に従来通りの重量表示のないラベルを貼った段ボールで持ち上げ動作をしてもらいました。次に、荷重安全ガイドのポスターが掲示してある場所に案内し、そのポスターを眺めてもらった後に、重量と注意喚起のアイコンの印刷されたラベルの段ボールについて、持ち上げ動作をしてもらいました。
 結果は明快で、1回目の実験の際には、膝を伸ばして毛布の入った段ボールを持ち上げようとする人もかなりいて、腰痛発症の危険性がかなり高い状態でした。一転して、荷重安全ガイドを導入した環境では、膝を真っすぐに伸ばした状態の人はいなくなり、記録は、膝関節の屈曲角度が60度(膝が真っすぐの状態が0度)のあたりに収れんされる傾向が現れました。大腿部の筋肉が最も力を発揮しやすい角度が70~80度と言われているので、特に指導もなく、ポスターの掲示とラベルの貼付で、人の行動が安全な方向に変わるのであれば、なかなかありがたい話です。

 災害用備蓄に限らず、ドローンの資材にも、バッテリーやセンサー類などでも意外と重い荷物があります。筆者もドローンを用いた実験に参加し、車からの荷下ろしを手伝っている際に、ドローンパイロットから「それ重いから注意して!」と声をかけて頂いたことがあります。その心遣いはありがたいものですが、たまたまドローンパイロットが近くにおらず、声がけを受けていなかったら、腰痛発症のリスクは高くなっていたかもしれません。少なくとも、その荷物の総重量だけでも見えるように表示があれば、人は経験と視覚情報から、安全な体勢を取ろうとすることができます。

 日本の社会で、4日以上の休業を必要とする労働災害の6割が腰痛です。また、腰痛の発症割合は、月曜が最も高く、熟練者であっても休み明けは腰痛発症リスクが高いとされています。ドローンの資材の荷下ろしや搬送がいかに慣れた作業であっても、クルーの安全の為にも、特に重量物のパッケージには重量表記を付してみてはいかがでしょうか。

 

 


国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤 

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