11 帰る?帰らない?災害時の危険、群集事故

2022年 12月01日

群集事故、雑踏事故はなぜ危険なのか

 2022年10月、韓国の梨泰院(イテウォン)で、150名以上の命が犠牲となる圧死事故が発生しました。ハロウィンの賑わいの中で、道路上に多くの人が集まり、群集事故が発生した凄惨な事故でした。日本でも、2001年に発生した、明石花火大会歩道橋事故など、群集による死者を伴う事故の記録は少なくありません。過去の事例に学び、悲惨な事故を回避しようと、大きなイベントや、大勢の人が集まる場所などでの警備警戒戦略は様々な策が練られるようになってきています。
 一方で、韓国梨泰院圧死事故のように、想定していなかった地点で突発的に発生する群集事故については、十分な準備ができるはずもなく、まだまだ多くの課題が山積しているのが現状です。突発的な出来事と言えば、地震のような自然災害だけでなく、事故、テロのような人為災害もまた同様で、危機的状況から避難しようとする人々が群集となる点で、災害時にも群集事故のリスクは十分に考えられます。
 東日本大震災の折、公共交通機関が停止した首都圏では、多くの人が徒歩帰宅を試み、歩道では大規模な人流の渋滞が発生しました。これを受けて、政令指定都市を抱える自治体などでは、発災直後のむやみな移動を抑制する条例を制定しました。東京都の帰宅困難者対策条例がその好例です。この条例の啓発ポスターを見ていると、大規模災害時にはむやみな移動を止めるよう訴えています。その理由として、道路渋滞が発生することで、緊急車両の通行が困難になることと、歩行者自身が危険にさらされる可能性を示しています。まさに、この歩行者自身の危険が、群集事故のリスクを示しています。
 さて、群集事故は何が危険なのでしょうか。端的に言えば、群集事故でなぜ人は死ぬのでしょうか。群集事故では、圧死が発生します。一般的には、階段などで1人が転倒することで、連鎖的に人が倒れ込み、押しつぶされる将棋倒しをイメージされることが多いのではないでしょうか。確かに、人は、自重の4倍の荷重がかかることによって、肺が圧迫され呼吸困難に陥り、75%の確立で10分以内に落命すると言われています。3倍の荷重であっても、その状態が1時間継続されると落命することが分かっています。

 しかし、群集事故は転倒だけがきっかけではないのです。おしくらまんじゅうの様に、立ったままの状態でもぐいぐいと押されれば肺は圧迫されます。データでは、同じ体格の人物5人が周囲からぐいぐいと押すことにより、自重4倍の負荷と同様の圧力を受けて呼吸困難に陥る場合が記録されています。2001年の明石花火大会歩道橋事故でも、2022年の韓国梨泰院圧死事故でも、立ったまま落命された方がいたことが報道されていますが、群集事故は、このように段差による転倒で将棋倒しが発生しなくとも、悲惨な結果をもたらすことがあるのです。

 

群集事故が起きるメカニズム

 群集事故は具体的にどのような場所で発生するのでしょうか。ポイントは移動です。移動によって群集の流れが生まれ、その流れが停滞したり混乱したりする地点で群集事故は発生します。人が移動するときは、片足を進行方向に振り出して進みますが、その振り出した先に足の踏み場がなければ当然進むことはできません。そのことから、1平方メートルあたり4人という密度が、人の移動の限界であるとされています。この密度が5人以上になると、文字通り足の踏み場がなくなり、他人の足を踏んづけて転倒したり、そもそも移動することがしづらくなります。
 逆に言えば、群集が移動しているということは、人口密度は4人/平米、多くても5人/平米が維持されていると考えることができます。一方で、先にご案内した、死に至るおしくらまんじゅう状態の密度は、約12人/平米とされています。密度が4人から12人に跳ね上がると、群集事故が発生します。
 群集事故が発生する地点にはいくつかの特徴があります。ここでは代表的な事例を3つご紹介しましょう。第一は、袋小路(行き止まり)の発生です。代表的なものが、引き開きの扉です。引き開きの扉を開くには、操作する人と扉の間に60センチから1メートル程度の空間が必要です。押して開くと思って近寄った扉が引き開きだったという状況で、人は自動的に半歩程度後退して扉を開きます。しかし、群集で移動している場合には、半歩後退しようと思った時には、すぐ背後にまで群集の壁が迫ってきていて、下がる事ができなくなっています。これにより、袋小路が発生します。勿論、扉に鍵がかかっている状況も袋小路の原因となります。
 第二は、幅員(通路幅)減少や、段差、階段、曲がり角など、通路の変化です。こうした箇所のことを「ボトルネック」と呼びますが、人はボトルネックに差し掛かると、移動速度が低下します。足元を確認するため、あるいは、幅員が狭い箇所に進入するために譲り合ったりすることで、移動速度が低下するわけですが、長い行列を形成している群集にあっては、後続の人々は前方の移動速度の変化を知ることができません。ですから、後続は同じ移動速度で進もうとして前の人を押すような形になります。押された人は、さらに前の人を押します。この圧力の波が前方に伝わることによって、将棋倒しが発生します。

 第三は、群集の衝突、群集内の混乱です。同じ方向に一定の速度で移動している群集は、ボトルネックに遭遇するなどして変化が生じない限りは、それほど危険な存在ではありません。また、道路が左側通行の日本では、群集も自然と左側通行に整理されて双方向のスレ違いが生じるのは、皆さんも駅構内の通路などで日常的に経験されていることでしょう。しかし、これが幅員いっぱいに広がるような大勢の群集となると、片側に寄ることもできず、群集同士が正面衝突します。先頭部分では、一方の群集が、もう一方の群集にとっての壁となり袋小路状態を生み出し、群集事故が発生します。2001年の明石花火大会歩道橋事故の事例がまさにこれに該当します。

 

群集事故の回避

 交通安全を職務とする警察では、群集事故を防ぐための活動を雑踏警備と呼びます。群集事故の予防には、群集の流れを誘導し制御する、まさに雑踏警備がポイントとなります。ところどころに関所のようなポイントを設けて、進める人の数を制限したり、DJポリスのように立ち止まらないように呼び掛ける活動が、雑踏警備の活動の一例となります。
 冒頭にご案内したように、しかし、突発的な災害などでは、このような十全な警察のフォローがあるわけではありません。群集事故の回避の基本は、群集に近寄らないことにほかなりません。基本中の基本として、災害発生時の群集事故回避の方策が、まさに、東京都でいう東京都帰宅困難者対策条例で定められている「むやみな移動の抑制」ということになります。発災時にいまいる建物に留まるためには、その建物が安全であることが大前提となりますが、仮に建物が安全であっても、徒歩移動を動機付けする理由は色々とあります。
 例えば家族や仲間の安否確認です。離れ離れであっても、それぞれの安全が確認されれば、むやみに合流する必要性は減少します。子供がいる親は、子供のことが心配になるでしょうが、無理して帰宅しようとすることのほうが危険を増やすことになる場合もあります。子供の安全についてはまた機会をあらためますが、一つだけご案内すると、普段からお手伝いを積極的にさせて子供が1人でできることを増やしておくと、親子の信頼関係が強まるという考え方もあります。

 誤った情報に左右されないことも重要です。都市部などでは交通手段を得ようとして駅に人が殺到することがあります。JRほか私鉄各線では、震度5弱以上の地震が発生した場合、全路線の線路状況の安全確認を実施するために運休状態になります。線路点検のための運休ですから、1時間や2時間で復旧する可能性は極めて低いのです。発災直後の「〇〇線は復旧しているらしい」といった情報は、かなり信頼性の低い情報です。また、仮に復旧していたとしても多くの人が殺到して、駅は混乱しているはずです。自ら群集事故の危険性のある場所に踏み込まないように、正しい情報収集に努めることが重要です。

 

自分が群集事故の原因とならないために

 群集事故の発生のメカニズムをご紹介してきましたが、もう一つ注意しなくてはならないのが、自分自身が群集事故の原因とならないようにすることです。筆者はよく様々な施設や、学校などの避難訓練の参観に出向くことがあります。ここでも避難経路のボトルネックを調べて、避難誘導の精度向上のための調査をしていますが、避難行動に1つの特徴があることに気が付きました。
 分かり易い事例として小学校での避難訓練の例で説明しましょう。小学校では校庭に全校生徒が避難する、というシナリオが多く存在します。整然と並んだ子供たちが廊下や階段を通って校庭に向かいます。移動途中は2列縦隊で移動している子供たちが、校庭に到達した時点で、行列がくずれ拡散していきます。広い空間に出てきたわけですから、行列が拡散するのは、いわば自然ななりゆきなのですが、目標地点に到達した安心感、あるいは、避難行動が(ほぼ)終わった、という印象から、拡散に合わせて移動速度が低下する現象が見られます。
 たしかに、避難すべき校舎を抜けて、校庭に辿り着いたわけですから、一息つきたくなるのは分かります。しかし、後方にはまだ校舎内を移動している行列があります。校庭は十分に広いので、また、避難訓練ということで切羽詰まった移動をしていないので、群集事故には至りませんが、目的地についたとたんに歩みを緩める人々が、人の壁を形成し、新たな袋小路を形成しないか懸念しています。
 実際に、筆者がこの原稿を書いている2022年11月中旬の段階では、韓国梨泰院圧死事故の詳細な事故報告は発表されていませんので筆者の推測ですが、あの事故では細い路地で逆流などが生じて、まさに袋小路型の群集事故が発生していたように思えるのです。しかし、その路地の南側には大通りがあり、当初、群集は北側の飲食街の混雑を回避して、この大通りに抜けようとして路地を通っていたようなのです。一方で、事件直後からYoutubeなどでは、現場の様子を映した動画が投稿されていましたが、この撮影の中には大通りに面した出口付近で撮影されたと思われる動画も含まれていました。
 このことから、小学校での避難訓練と同様に、路地を抜けた先頭集団は、大通りに抜けた安心感やら、その混雑の様子を撮影しようとする弥次馬根性から、路地の出口付近に滞留し、結果的に人の壁を形成、路地に袋小路状態を生み出してしまったのではないかと想像しています。

仮にこの推論が当たらずも遠からずな結果であったにせよ、前述の避難訓練の様子などから、避難経路の出口付近での滞留は、後続に群集事故を生み出す原因となる危険性があるのは間違いのないところと考えています。もし、皆さんが群集の一部となってしまった場合、混雑が緩和されたと感じても、十分に余裕のある空間(目安としては、両手を広げても人に触れないくらいの空間が確保できる場所)までは、しばらくは移動を継続すべきでしょう。それによって、あなた自身だけでなく、後続の群集の中にいる人たちの安全を守ることの一助になるかもしれないからです。

 

 

 

国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤   

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