30 大丈夫だけど全然大丈夫じゃない時もある

2023年 09月15日

防災は常に安全優先で

 災害時の基本的な行動目標は、安全であることです。これまでのコラムでも、安全について様々な角度から考えてきました。どんなに素晴らしい技術や知識を身につけていたとしても、負傷をしてしまえば、活躍の機会が失われます。さらに命を落としてしまえば、それでおしまい。それどころか、家族や仲間の心に大きな傷を残すことになります。安全は、そういうわけで、防災上の最重要課題です。
 重要だからこそ、仲間と活動する際にも、声をかけあって常に確認したい安全ですが、その掛け声は、状況によって変化をするものです。そのままストレートに「安全」を使うこともあります。筆者のインストラクターチームや、消防、工場の現場などでは、訓練や活動を開始する際の掛け声として「ご安全に!」と言い合うことがあります。それ以外の場合ですと、「それ安全か?」とか「安全に、安全に」と、注意喚起の掛け声で使われることもあります。
 安全の意味をもう少し広げると、安全な状態を示す言葉として「大丈夫」を使う場合があります。普段の生活でも「大丈夫?」という投げかけは、わりと頻繁に使うことがあるのではないでしょうか。その応答としても、安全が確保されているから、現状深刻な問題がないから、など、様々なニュアンスで「大丈夫」と言う言葉が使われます。この大丈夫の掛け合いによる問答が、あまり大丈夫でない場合もあるようです。

 

「大丈夫」というマジック

 筆者が、トレーニングのために山に入ろうと、神奈川県内のある駅に到着し、トイレを利用したときのこと、入れ違いでトイレに入ってきた人の姿に驚いたことがあります。ワイシャツを着て、これから出勤する様子のその若い男性は、片半身が血まみれだったのです。「どうしたんですか?」と声をかけると、彼は「いや、大丈夫です」と答えます。いやいやいや、全然大丈夫そうじゃないんですけど、こめかみのあたりはぱっくりと割れて、まだ出血が続いています。筆者は、財布に入れている大学の教員IDを示し、簡単な自己紹介をしたあとに、手持ちのガーゼで止血の応急手当を実施しました。ひと段落ついたのち、その彼は「助かりました、自転車で転んだときはどうしたらいいのか分からなくって。痛いし、血は出るしで、本当に助かりました」と感謝しきりでした。ほら、全然大丈夫じゃなかったんです。

 具合が悪そうな人を見かけた時に、英語であれば「Are you alright?」みたいな声のかけ方をするのでしょうが、それが日本語の場合だと「大丈夫?」になります。日本語に問題があるわけではないのですが、日本人の場合、筆者の経験だけでも、多くの人が条件反射的に「大丈夫」と答えてしまう印象があります。
 そんなわけで、筆者が災害対応のトレーニングを実施する際には、なるべく「大丈夫ですか?」という声がけをしないことをおすすめしています。「大丈夫?」「大丈夫」のやりとりには意識の確認程度の価値しかないからです。意識があるかないか分からないような場合なら、もう少し具体的に「聞こえますか?」といった声がけでも良いでしょうし、意識がある場合には「どうしたんですか?」とヒアリングをすぐに開始したほうが、効率が良いかもしれません。
 とはいえ、日本人の性として、条件反射的に「大丈夫」と答えてしまうのと同様に、「大丈夫?」と声をかけるクセがしみついてしまっています。筆者自身も、うっかり「大丈夫ですか?」と声がけしそうになってしまうことがありました。そんな時に、筆者が教わったのは、「大丈夫だから。もう大丈夫だからね」という声がけです。助けにきたことを知らせ、安心させることで、負傷者の気持ちも多少落ち着く可能性があり、そのあと状況をヒアリングしやすくなるかもしれません。
 外観からはわかりづらい、内出血や、関節や骨格の異常があった場合にも、要救助者が無理して「大丈夫」と言われたことで、気が付けない危険性があります。子供の場合は、負傷をした際に、負傷をしたことについて叱られるかもしれない、という恐怖感から痛みや不具合を隠そうとすることもあります。こちらは助けになりたいのに、結果的に相手に無理をさせてしまうのでは意味がありません。
 「大丈夫。もう、大丈夫だから」相手にプレッシャーを与えない声のかけ方を身に着けておきたいものです。

 

大丈夫を断定しない

 「大丈夫だから」は、しかし、万能ではありません。最初のアプローチとしては、ほぼ万能であろうと筆者は考えているのですが、要救助者と接点をもった後、継続的に大丈夫だと声がけし続けるのが好ましくない状況もあります。
 具体的には、相手がメンタル的に大きな傷を負っている場合などには、大丈夫の連呼は、逆効果となる場合があります。メンタルケアについては、また別の機会に詳しくご案内しようと思いますが、メンタルケアの基本的な手法に傾聴という方法があります。これは、相手の心にわだかまっている様々なストレスの要因を、言葉にして吐き出させる手法です。耳(聴く)を傾けると書いて傾聴とされるように、傾聴は会話ではなく、ひたすら話を聴く作業です。傾聴ということをしてあげれば良い、と、話を聞きかじっただけの方がしてしまう失敗として、傾聴が会話になってしまうことがあります。

 相槌のつもりで、「そう、それは大変だったね、でも、もう大丈夫だから」と、「大丈夫」を使って声がけをしてしまうと、相手は、ものすごく辛い真っ最中なのに、大丈夫と断定されたことに反感や疑いを抱き、信頼関係が損なわれる場合があります。それ以降、会話を塞いでしまい、かえって、その相手を心の傷で苦しませることになってしまうかもしれません。会話が鬱陶しくなって、「もう大丈夫だから、ほんとに」と、相手を拒絶するきっかけになる可能性だってあります。
 大丈夫かどうかは人それぞれです。少なくとも、あなたが困っている人のもとに駆け付けた時点は、ヘルプが到着して状況が好転するかもしれないきっかけである点で「もう大丈夫だから」なんですが、それ以降の大丈夫は、断定につながってしまうおそれがあることも覚えておきたいポイントです。

 

細やかな気遣いを大切に

日常的に使う「大丈夫」ですが、こうしてなぞってみると、意外と抽象的で、全然大丈夫じゃない使われ方も多いのが厄介です。そうはいっても、クセでついつい使ってしまいますし、正しく使えば便利なボキャブラリーなんですよね、「大丈夫」。
というわけで、災害時に備えて普段から「大丈夫」の使い方についてちょっとした心がけをしておきたいものです。「大丈夫?」という投げかけが、案外にして抽象的であることは既にご案内した通りです。なので、この質問を具体的な質問に変えていきましょう。

例えば、あなたが経験の浅いドローンパイロットと一緒に活動をしているとします。そのドローンパイロットは、あなたが見ていて、少しプロペラの取扱いがぞんざいであるような印象があります。フライト前のチェックの時には、「プロペラ確認したか?」とか、「プロペラちゃんとチェックした?」といった具合に声がけをすることがあるでしょう。これが、「確認したか?」「ちゃんとチェックしたか?」だけならば、随分とぞんざいな印象を受けますし、新人もなかなか育たないかもしれませんし、そもそも、新人が自分の弱点や、どこを重点的にチェックすべきかを把握していないから、声がけの意味が薄まってしまいます。「大丈夫ですか?」と同じです。
「大丈夫」も同様です。「顔色がすぐれないみたいだけど、大丈夫?」「さっきタンスの角に足の小指を激突させてたみたいだけど、大丈夫?」の方が、コミュニケーションは正しく成立しやすくなるのではないでしょうか。ポイントになるのは、相手への思いやりと気遣いです。
これまでのコラムでもご案内してきた通り、平時にできないことは、災害時にできるわけがありません。普段のケアがぞんざいなのに、災害時だけ面倒見がよくなって、困っている人の役に立つなんてことも無いのでしょう。普段からの気遣いが、災害時にもきっと役に立つことでしょう。

 

 

 

国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤   

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