03 情報を制するものは災害を制する

2022年 08月01日

情報が最重要の資源

 災害が発生すると様々な資源が不足します。同時多発的に色々な問題が発生するため、人手はいくらあっても足りませんし、電気、水道などのインフラがダメージを受けていれば、非常用電源や備蓄した飲料水、燃料を適切に配分しなければ、資源は瞬く間に枯渇し、身動きが取れなくなります。そうならないよう、対応の優先順位を見極め、過不足なく資源を配分していく必要があります。それゆえに、俯瞰的な視座で全体をとらえつつ、個別具体の事象を正確に把握することに貢献する情報こそが、最重要の資源ということになります。
 災害対応の金言に「情報を制するものは災害を制する」というものがありますが、これは、いささかの誇張もなく、災害対応の要諦を明快に表していると言えます。この、最重要の資源である情報の取扱いについて、考えていきたいと考えています。

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 情報には、一次情報(information)と、付加価値のついた情報(intelligence)とがあります。日本語ではinformationもintelligenceも、共に「情報」と訳されます。そこで、本コラムでは、便宜的にinformationを「一次情報」、intelligenceを「活動情報(直接、判断に影響する付加価値のついた情報という意味)」と呼び、一次情報、活動情報の総称、あるいは、特に区別しない場合に、単に「情報」と呼ぶことにします。
 災害対応に欠かせない情報通信のスキル、今回は、一次情報について考えてまいりましょう。

 

視覚情報の有用性

 両手を前方に低めに突き出し、へっぴり腰でじりじり進む人がいます。想像してみたところで良い形ではありませんが、このコラムを読んでおられる読者の皆さんも含めて、突然の停電で漆黒の暗闇に置かれれば、だいたいの人が似たような恰好になります。視覚情報が遮断されることで、どこに危険があるのかが分からなくなり、動きが極端に限定的になります。ペンライトでも携帯していて、すぐに周囲を照らして確認することができれば、もっと円滑に動くことができるでしょう。見えるか、見えないか。この視覚情報の有無が、災害対応における情報の重要性を如実に物語っています。人は多くの判断を視覚情報に頼っています。他の動物のように嗅覚や聴覚がさらに優れていれば、と、求めればきりがありませんが、少なくとも、私たちは視覚情報が豊富であれば、それだけ的確に物事を判断することができるようになります。
 少し物騒な戦争の話をします。しかし、防災とは災害を敵と見立てた戦いに例えられることも少なくありませんから、あながち遠回りとも言えません。昔から人は、塔や櫓(やぐら)を築いて俯瞰的な視野の獲得に注力してきました。城塞の防御は縦深防衛(視野を広く取り、城へのアプローチを確保する戦略)が基本です。敵を早く見つけられれば、それだけ防衛の準備を充実させる時間が稼げるわけです。これが、後には飛行機械の活用につながっていきます。第一次世界大戦後、ドイツ陸軍は戦時下の教訓をもとに「軍隊指揮」という教範(ドクトリン)をまとめます。これがのちの第二次世界大戦におけるドイツ軍の電撃作戦の礎を成したことから、現代版「孫子の兵法」とも呼ばれている書物です。この軍隊指揮においても、情報の重要性を指摘していることは言うまでもありませんが、当時最先端の兵器であった飛行機を用い、航空写真をもって情報の信憑性を高めよと説いています。
 戦争に限らず俯瞰画像/映像は、情報として高い重要性を持っています。それは21世紀の現代でも変わらず、緊急事態対処に関する国際標準であるISO22320においても、信憑性の高い情報として航空写真が挙げられています。現代では航空写真にも様々な種類があり、地球規模での俯瞰を可能とする人工衛星、高高度から俯瞰する固定翼機(飛行機)、小回りの利く回転翼機(ヘリコプター)以外にも観測気球なども存在します。その中で、離着陸に空港施設を必要としないなど様々な特徴を備えるドローンの登場は、航空写真の世界に、現場での運用という新たなるフィールドを提供しています。

 ドローンに搭載されるカメラにも日進月歩の発展が見られ、その倍率や、赤外線モードは勿論のこと、撮影地点だけでなく撮影対象の座標などを附帯させることで高度な視覚情報を提供できるものもあります。筆者が訓練に参観したとある地方公共団体(市区役所)が配備するドローンは、ドローンが撮影した映像がドローンパイロットの手元だけでなく、ドローンパイロットが背負った通信ユニットを介して、本庁に設置される災害対策本部の大画面にライブ映像として中継する機能を有していました。ドローンは、災害時の情報収集手段としての一端を担う資機材として存在感を大きなものにしようとしています。
 常に最悪の事態のその先を想定して備えるのが災害対応の基本ですが、実際に災害が発生し、こうしたドローンを活用した情報ネットワークの主軸であるインターネット回線が遮断されてしまったら、どのような対応が求められるでしょうか。ドローンパイロットなど現場人員は、ドローンが収集した視覚情報を、無線機等を用いて口頭で報告する必要に迫られる可能性があります。
 画像や映像が情報として貴重なのは、人の意図を含まない、ありのままの状況を伝えられる点にあります。それが、一次情報である視覚情報を、言語情報に置き換えた時点で、そこには少なからず発信者の意図が織り込まれることとなり、それは一次情報ではなくなります。故に、言語情報に置き換える当事者は、客観的な事実と、主観的な印象を切り分けて情報を作り出すことに細心の注意を払う必要があります。それは、簡単なようでいて訓練を積んでいないと咄嗟の対応ではうまくできないことが殆どです。この一次情報の言語化についてその方法をご紹介します。

 

情報通信の作法

 特に無線機等を用いた情報通信では、その内容が一次情報であるか活動情報であるかを問わず、筆者が「情報通信の作法」と呼ぶ一定のルールがあります。それは、第一に名乗り、続いて現在位置の報告、というものです。
 情報通信の最悪の事態の1つに通信途絶があります。これは突発的な機器の故障が原因の場合もありますが、もっと最悪なのが、通信途中に発信者が衝突、転落、崩壊等のトラブルに巻き込まれる場合です。そうした状況を前提として、保険の役割を果たすのが情報通信の作法です。

 最低限、名前だけでも把握できれば、誰が情報途絶に遭遇したのかが特定できますし、それ以前の報告内容や行動計画などから当人のおおよその場所を想定することも可能となります。続く、現在位置の報告もできていれば、誰が、どこでトラブルに遭遇したのかが特定でき、迅速かつ適切な救助班の派遣が可能となります。したがって、第1回のコラムでご案内した「自分自身の安全が最優先」というルールがここでも適用されることになります。
 名乗りについては、個人が特定されることが重要ですから、所属などの情報を含めるべきです。名乗りを簡略化させるために事前にコールサインを決めておく方法も有効な方法です。救助班であればRes1(レスキュー・ワン)、Res2、救護班であればMed1(メディック・ワン)、Med2といったものです。この場合、災害対策本部は英語名のコマンド・ポストを略してCP(シーピー)と呼んだりもします。
 現在位置は最寄りの目印を活用します。屋内であれば、「5階東側のエレベーターホール」といった表現の仕方があります。屋外であれば、屋上、エントランスといった地点の特徴のほか、近くの信号機に付された交差点名、歩道橋や橋の名称などが使えます。郵便ポストや自動販売機には必ず住所が記されています。コンビニエンスストアの入り口には支店名が表示されていますので、それも現在位置の情報になります。一般的な通報であって、そうした手がかりがない場合には、119番の通報であっても、110番に通報してください。その上で、最寄りの道路交通標識に貼付されている識別番号を伝えれば、警察は位置特定をした上で、消防に情報を転送してくれます。地図アプリを活用する場合には、現在位置をダブルタップすると、GPSの座標が表示されます。小数点4桁でおよそ10mの範囲、5桁で1mの範囲を示しますので、4桁まで伝えればおおよその位置特定は可能になるでしょう。
 通信の作法を守ることは、通信途絶してしまったあなたの安全を守ることにつながるだけでなく、発信者が特定できないばかりに、同じ回線を利用している全員の安否確認をしたり、遭難位置が不明なばかりに大規模な捜索班を編成したり、といった資源の浪費を防ぐことが可能となるわけです。

 

情報を味方に

 情報通信の作法の伝達が済めば、いよいよ、一次情報の伝達となります。この時に覚えておいて欲しいキーワードは「情報を味方に」というものです。これは筆者が考えた一次情報を言語化する際のヒントで、「味方」の部分がポイントになります。味方=みかた、は、語呂合わせで、「視たこと、考えたこと、対処すること」の略です。

 まずは視たことをありのままに伝えます。その上で、あなたが考えたこと、あなたが対処しようとしていることの順番に伝えていきます。対処がわからなければ、割愛して構いませんし、現状をどう受け止め、考えるべきかが分からない場合は、考えたことも端折って結構です。それでも、視たことは伝えることができます。
 例えば、火災の通報であれば、あなたが初期消火を実施するかどうかは、対処することに該当しますから、順番としては最後に伝えれば良い情報となります。それよりも、燃えている建物の特定、燃えている箇所、煙が出ている場所、煙の勢いや色、煙や火の粉が風によってどう流されているか、といった視たことを伝えることが重要です。あなたが判断できなかったとしても、「勢いは少し弱くなっているが黒い煙が漏れ出している」といった情報を受け取れば、受け取り側で判断できる人員が、煙が黒いのは不完全燃焼で煤成分が増えているから、また、勢いが弱くなっているということは建物内部が酸欠状態になりつつある可能性がある、よって、いま初期消火をしようとして扉を開ければ、急激な外気の流入によるバックドラフト(爆発)が発生する危険性がある、と判断し、あなたの初期消火活動を引き留め、周辺の避難誘導を優先するよう指示ができるかもしれないのです。

 

作法を守って、情報を味方に

 少し駆け足でご案内してきましたが、一次情報を言語情報に変換する際には、「作法を守って、情報を味方に」ということがポイントとなることをご説明しました。情報を味方に、という部分は少なからず慣れが必要ですが、実のところ、みなさんの日常の業務であっても、「みかた」のコンセプトで報告分を作成すると存外に簡潔な内容にまとまるものです。平時から始められる防災訓練として、メールの文面などでも情報を味方にすることを意識してみてはいかがでしょうか。

 

 


国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤   

 

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