21 努力はなんでも素晴らしい訳ではない
2023年 05月01日
ほろ苦い青春の思い出
誰しも怖い夢を見たという経験はお持ちでしょう。筆者が見る怖い夢、寝起きの悪い夢というのも何パタンかあるのですが、その中の1つに期末試験当日の夢というのがあります。母校の高校校舎にいて、周囲の友人たちが一心不乱に試験対策の勉強をしているのですが、自分一人がこれから何の科目で、どのような範囲で試験があるのかを知らないのです。しばらくすると、自分が現在の大人の姿であることに気付き、あぁもう自分は高校の期末試験を受けなくても良い身なのだ、ということで、ほっとするところで目覚めるのがいつもの流れです。
中学、高校、あるいは大学に至るまで、生徒・学生の試験当日の振る舞いには二つの特徴的な態度があったように思います。片方は、「全然勉強してない、やべーよ」という態度。そして、もう片方は、「昨日も一昨日も全然寝てない」という徹夜自慢。本当に勉強しなくて気まずい点数を取っていた筆者にとっては、高得点をとる級友に限って、筆者と一緒になって勉強していないと口走るので、毎度裏切られたような気分を味わっていました。
筆者はテストを受けるというのがひどく嫌いです。そんなトラウマがいまだに怖い夢となって出てくるくらいですから、ドローンパイロットライセンスの筆記試験の朝はひどく憂鬱なものでした。
前置きが長くなりましたが、今回のお話しは、テストの話ではありません。徹夜自慢の問題についてです。
睡眠不足の問題
学生に限らず、徹夜自慢、あるいは、ナポレオンやエジソンなどの偉人の伝説の影響を受けてか、ショートスリーパー(睡眠時間が6時間未満でも十分に健康を維持できる短時間睡眠体質)自慢をする大人の方も少なからずいます。徹夜はさておき、ショートスリーパーは体質なので仕方ないとしても、自称ショートスリーパーも多くいるでしょう。また、世に知られるショートスリーパー(あるいはショートスリーパーであったのではないかと言われるタイプ)の偉人たちも、実際には普段から朦朧としていることがあった、とか、代わりに昼寝の時間をしっかりとっていた、といったおまけがつくことは少なくないようです。
アメリカの戦場医療や、戦術に関する教科書は、多くの場合、人員の健康維持の重要性を説いており、定期的な歯科検診と共に、8時間以上の睡眠が、健康維持の基本的要素として位置付けられています。ある教科書では、「寝ずにいられても、ちっとも偉くない」と断言しているほどです。
その教科書では、一つのデータとして、睡眠不足の人の反応能力は血中アルコール濃度が0.1%の人と同等あるいはそれ以下の成績になるということが示されています。0.1%と言えば、ほろ酔いのどん詰まり、あるいは、酩酊初期の入り口に位置するわけですから、災害対応時に睡眠不足のメンバーがいたとしたら、それは端的に言ってしまえば「役立たず」にほかなりません。役立たずなだけならまだしも、そうした人員の誤った判断によって、チームメンバー全員に危険が及ぶようなことがあれば、取り返しのつかない事になりかねません。
よって、睡眠不足のメンバーに対しては、「簡潔でわかりやすい指示を出す」「複雑な仕事は避ける」「作業を細かい段階に分けて順序良くクリアさせる」「作業は注意深く観察する」といった配慮が求められます。災害対応で慌ただしい時期に、この手間を考えたら、みんなしっかり休んで、睡眠をとってほしいと思うのが当然と言えるのではないでしょうか。
本コラムでも以前にご案内した、国際的な危機管理対応標準の原型でもある米国のICS(Incident Command System:緊急事態管理システム)では、人員の活動時間は8時間を基本とし、最大でも12時間を上限と設定しています。休憩のための人員交代でも、指揮系統が乱れることのないような権限移譲に強い注意を払っているのがICSの特徴であるとも言えます。
災害現場で活動する自衛隊の隊員の皆さんも、24時間体制で活動されているように見えますが、この場合は、皆さんが同じ制服を着ているために個人差が見分けづらいだけで、自衛隊員は特に厳密なシフト管理で休息が取れるように配慮がなされています。
なぜ睡眠は不足するのか
酸素、水、食糧、睡眠、これらは人が生きるために必要な4大要素として数えられています。ただし、この4つの要素のうち、睡眠だけが、ある観点では仲間外れになるのですが、読者の皆さんはその仲間外れの理由がお判りでしょうか。
ためしに、これから我慢のできる限り、息を止めてみてください。実際に無理をされると大変なことになるので、気張られても困りますが、もう無理だと思ってから、もう1秒だけ余計に息を止めてみてください。我慢をして息を止めていると、苦しさを感じ、どうしようもなく呼吸がしたくなります。水と食料も同様で、人は喉の渇きや空腹を覚えます。しかし、これらは、突然感じるものではありません。息苦しさも、のどの渇きも、空腹感も弱いサインから始まって、段階的に強いサインへと変化します。それに比べて睡眠はどうでしょう。他の3つの要素に比べて予兆が弱いのが、睡魔の特徴ではないでしょうか。ゆえに人は、いわゆる「寝落ち」をしたり、突然猛烈な睡魔に襲われたりします。
これは人の生物的な特徴に起因するものであると考えられています。人類は、猿人として約500万年前に出現し、約20万年にネアンデルタール人に代表される旧人となり、クロマニヨン人等、以降の新人に進化したのは約4万年前です。火を生活手段として活用するようになったのは約12万年前とされていますが、その後の社会生活においても燃料は貴重な資源でした。ほんの200年ほどの前の江戸時代後期であっても、庶民にとって灯りは貴重品であり、明け六つ、暮れ六つと呼ばれるように、日の出前後に活動を開始し、日没後は就寝するというのが基本的な生活パタンでした。太陽の動きに合わせて、私たちの祖先たちはずっと暮らしてきたわけです。
よって、酸素、水、食糧のように、人が自覚できる警戒サインを身につけなくても、睡眠は勝手にとれるもの、という生活リズムが、人類の誕生から江戸っ子を経て現代の日本人にいたる約500万年の間のうち、約499万年と9千800年以上も続いていたことになります。お天道様の下で活動していた人間が、アフターファイブを謳歌できるようになったのは、長い歴史のなかで言えば、ほんのつい最近の出来事なのです。筆者の子どもが産まれた瞬間の第一印象は「猿みたいだ」でした。外観上は500万年の猿人と対して変わらない赤ん坊を生んでいる人間が、すんなり夜型生活に対応したアラートシステムを身につけられるほど、進化は都合よくできていません。
呼吸ができないと死ぬ、餓死だってあるし、水分を摂らなかったら脱水症になって命の危険に晒されるということと同様に、極度の睡眠不足が体に良くないことは、多くの人が知っているところです。しかし、睡眠ばかりは、本人がよほど注意しておかないと、知らず知らずの間に不足する、という落とし穴が潜んでいるのです。
大規模災害が発生した後に、社長や所長、あるいは現場の職長のような方が数日間不眠不休の活躍をして危機を乗り越えたという逸話は少なくありません。しかしこれは逸話であっても、後世の我々が見習うべき手本では決しては無いのです。改めて記しておくと「寝ずにいられても、ちっとも偉くない」のです。代替できる指揮者候補を用意しておけなかった、組織的な災害対策の失敗として捉えなくてはならない事態です。
睡眠という技術
けだし、災害の発生など、非日常的な緊急事態に直面すると、本コラムでも何度か話題に出ている交感神経が強く働き、圧倒的な活動モードに切り替わります。交感神経が優位な状態になると、一種の興奮状態となり、多少睡眠がとれなくても、寝ずに活動することは可能になります。しかし、疲労は確実に蓄積していきますし、第14話でご案内したように、強い交感神経の働きのあとには、副交感神経が強く働くという「揺り戻し」という現象が強烈に表れます。そのギャップによって、ひと段落ついたときにまさに燃え尽きたかのように落命してしまう方もいるほどです。けして健全な状況とは言えません。
災害への備えとして、したがって、どのような状況であっても、これから休息を取ろう、これから寝てやろうと思った時に、ちゃんと眠れるということは、重要な要素となります。まさに、技術としての睡眠です。
筆者は医師ではありませんし、睡眠の専門家ではないので、ここからは、睡眠の技術を向上させるための極めて個人的な手法をご紹介していきます。医学的な根拠があるわけではありませんし、あくまで個人的な経験に基づいているものですので、効果のほどには個人差があるでしょうが、試してみて害にはならない範囲のものをご案内してみたいと考えています。
まずは、第10話「こころの応急手当でストレスに対処する」でご紹介した戦術呼吸のトレーニングを睡眠前に取り入れてみることです。戦術呼吸は心拍数を落ち着かせ、リラックスの方向へ導くための呼吸法ですから、入眠のタイミングと相性は良いところです。また、そうして、入眠と戦術呼吸をセットで体になじませることで、筆者の場合は、眠ろうと思いつつ戦術呼吸を実施することで、いつでも素早く入眠できるようになってきました。
これはあくまで個人的な一例に過ぎません。ただ、寝たいと思う時に眠れる、というのは存外に工夫の必要なところであり、ゆえに技術ですらあると考えています。不安なことが多くなった時や、災害が発生した時は、交感神経の働きゆえに、健康維持が肝心なときであるにも関わらず、睡眠が困難になることがあります。なんともない平時だからこそ、積極的に自分の眠り方について考えてみてはどうでしょうか。
睡眠は、災害を乗り越えるための、防災技術でもあるのです。
国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員
佐伯 潤
前の記事:20 祭りの後の倦怠感
次の記事:22 ケガをすれば血が流れる
Contact us
ドローンスクールに関するお問合せ・資料請求
JUAVAC ドローン エキスパート アカデミー
10:00〜18:00(平日のみ)