22 ケガをすれば血が流れる

2023年 05月15日

  • 大量出血

 今回のお話しは、血液についてです。皆さんは血液についてどのような知識をお持ちでしょうか。血液は、体内を流れている赤い液体で、体内のあらゆる細胞に酸素を運んでいるほかに、栄養素を運搬する役割も担っていますね。料理中に包丁でうっかり指先を切ると、傷口から血が流れ出てきます。血液には凝血作用があって、血液が固まることで傷口をふさいでくれる。血液がドロドロになると、色々な病気の原因になる。玉ねぎには血液サラサラ効果がある、などなど。
 では、私たちの体内にはどれくらいの量の血液が流れているのでしょうか。また、刑事ドラマなどで出てくる「死因は大量出血による失血死」という死に至る大量出血とは果たしてどれくらいの量なのでしょうか。
 成人の場合、体重1kgあたり、約80mlの血液が流れています。体重が60㎏の人であれば、4,800ml、4.8lの血液がある計算になります。そして、その血液の3分の1が失われると、人は大量出血によって死に至ります。体重60㎏の人であれば、1.6lの血液が流出すると、アウトです。
 また、全血液量の20%が失われると出血性ショックという症状が現れ、意識が朦朧としてきたりします。体重60㎏の人であれば、約1l、牛乳パック1本分の血液ということになります。このコラムは医学的な内容を取り扱うというよりも、災害が発生した折に、皆さんがいかに災害やそれに伴う危険と対峙し、対処あるいは回避するか、ということがテーマです。したがって、あなた自身、あるいは、皆さんの周りの人で出血するようなケガを負った時に、いかに命をつなぐのか、という観点で考えていく必要があります。
 さて、ここでクイズです。次のイラストには3名の男性が倒れています。それぞれ出血をしていますが、この男性が体重60㎏だったとして、出血性ショックを引き起こすとされる約1lの出血量を示しているのは、A、B、Cの男性のうち、どの男性でしょうか。

 

血だまりは危険のサイン

 さて、クイズの答え合わせです。Aを選択した方は、「映画の見すぎ」タイプと言えます。誤答です。正解は、BとCになります。より現実的な回答としては、Cが正解となります。
 出題はイラストですから、あくまでも目安ですが、筆者が模擬血液1lを掃除のしやすいフローリングにぶちまけるという実験をしたときに生じた血だまり(模擬血液の水たまり)の範囲が、おおよそBの面積を示していました。しかし、実際には1lの出血ではこのような血だまりは生じません。例えば、屋外での作業中に負傷をした場合、当然ながら私たちは素っ裸ではありません。服を着ています。出血初期、血液は血だまりを作る前に、着衣に浸み込んでいくわけです。更に、その負傷者が倒れているのが、カーペットや砂地であった場合、地面も血液を吸収しますし、排水溝などの穴が開いていれば、血液はそこに流れ込む可能性もあります。
 従って、血だまりはCのようなサイズであっても、きわめて危険な状況に陥っている可能性があるのです。血だまりの大きさに関わらず、出血している人を目の当たりにして、たまさか「まだ大した出血じゃないから放っておいて大丈夫」と思う人もいないでしょう。ただ、これまでご案内さしあげたとおり、出血量による危険の程度は計算上の数値で表現することはできても、現場での見た目で判断することは非常に困難です。
 さらに追い打ちをかけるようですが、内出血のリスクも考慮に入れる必要があります。血だまりができるかできないか、といった大けがを負っている場合、その受傷機転(負傷をした理由・原因)も相当に過酷な事態が想定されます。そうなると、例えば腹部を強打していれば、体の表には出てきていなくても、体内で深刻な内出血が発生している可能性も考えられます。血だまりができそうな出血を見たら、まずは、これはやばいぞ、という意識をしっかりと持って頂きたいと思います。
 出血は大きく分けて、動脈からの出血、静脈からの出血、毛細血管からの出血の3種類があります。鮮やかな赤色で、心臓の拍動にあわせて、ピュッピュッと出血するのが動脈からの出血です。暗赤色の血液がこぼれるように流れ出てくるのが静脈からの出血、皮膚の皺にそった毛細管現象のようにじわーっと出てくるのが毛細血管からの出血、といったイメージです。想像に難くありませんが、一番の問題は動脈からの出血で、これは迅速に対処しなければ、瞬く間に血液が失われてしまいます。

 

止血の備え

 さて、出血という事態に直面した際に、私たちはどのように対応すれば良いのでしょうか。あらためて、このコラムは医療系コラムではありませんので、医療従事者にしかできないような技術や、医療従事者でないと扱えない資機材を紹介することはありませんし、末尾で改めて念押しいたしますが、実際の運用にあたっては適切な指導者による訓練を受けて頂くことが大前提となります。
 冒頭の事例のように、包丁で指先を切ってしまった場合などに指の付け根や手首をしっかり押さえて止血をしようとした経験をお持ちの方は少なくないと思います。これを関節圧迫止血法と言い、負傷した箇所よりも心臓に近い側の血管をおさえることで血流を弱めて止血する方法です。
 もう一つ、ガーゼなどで傷口を直接押さえて止血をするのが直接圧迫止血法です。この二つの止血法については思い込みを回避する目的で本コラムでの詳述を避けておきます。また、ネットで止血法や、直接圧迫止血法、関節圧迫止血法などのキーワードで検索すれば、その手法について解説しているサイトをいくつも見かけることができます。しかし、既にご案内の通り、出血は命にかかわる問題です。サイトを眺めて早合点することなく、必ず正しい訓練を受講してください。止血に関する訓練は、例えば日本赤十字社の救急員養成講習で学習することが可能です。
 ここからは、技術に付帯するお話しをしてまいりましょう。まずは、止血を実施したことを報告書などに記載する場合の注意点です。基本的なポイントとして、もし読者の皆さんが医療従事者でないのであれば、皆さんが実施した止血は、応急手当です。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、筆者も訓練を見ていて多くの方がこの応急手当を、応急処置と言い間違えています。応急処置は、医療行為であり、訓練を受けた救急隊員が実施する対応を指します。よって、記録に応急処置という言葉が残ると、あたかもその場に救急隊員がいたとの誤解が生じるおそれがあります。
 さらに厳密な定義を用いれば、日本医師会や厚生労働省が参加した日本救急医療財団と心肺蘇生法委員会の編著による「救急蘇生法の指針(医師用)」によれば、一般市民の行う救急蘇生法(心肺蘇生法および止血法)を「救命手当」、救急蘇生法以外の手当を「応急手当」と定義されています。医療従事者が行う対応については、その実施者や状況に応じて「応急処置」「救急救命処置」「救急処置」「救急治療」「救命処置」「救命治療」という語が定義されています。応急手当ではなく救命手当というワードが急には出てこないかもしれませんが、第一として、「処置」という言葉を使わないように注意しておきましょう。

 

自分自身の安全が最優先

 本コラムの第1話「絶対的なルール」でご案内の通り、災害対応における基本は自分自身の安全を最優先にすることです。これは何にも代えがたい最重要のルールですから、ここでピンとこなかった読者は、ぜひ第1話を再読いただきたいところです。さて、止血においても、自分自身の安全を最優先にすべきポイントがあります。
 エイズやB型/C型肝炎などは患者の血液が傷口や粘膜に付くことで引き起こされる感染症です。まず、目の前で応急手当(救命手当)を必要とする人が、どのような病気を持っているかは一目では分かりません。また「あなた、ひょっとしてエイズ?B型、C型肝炎だったりしない?」などと聞くのはどうかという問題がありますし、相手の意識が朦朧としていて答えるどころではないかもしれません。
 そのため、医療の世界では、スタンダードプリコーション(標準予防策)という考え方があります。それは全ての他人は感染源になり得る、という前提のもとに十全な感染予防を行うことを指しています。
 手で触れるだけだし、自分はケガをしているわけではないから、相手の血液が傷口や粘膜に付く危険性だなんて大げさな、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、指先を含む手というのは案外と意識しない傷があるものです。爪の端のささくれや、あかぎれなども感染症の危険を招く傷となる可能性はあります。包丁などの刃物でなくても、印刷物の取り回しで生じた紙での切り傷(これは痛いですよね!)や、自転車を駐輪する際に壁面をこすってできてしまった擦り傷などがあるかもしれません。
 スタンドプリコーションは、私たちにとっても重要な備えとなります。ケガの場所や血液を直接触らないようにということで、消防署で学ぶ上級救命技能などではコンビニ袋などを手にはめて用いる方法を紹介しています。もう少し専門的な資機材としてはサージカルグローブと呼ばれる薄手のゴム手袋があります。
 たしかにサージカルグローブのほうが五指の自由が利くので便利に感じるかもしれません。しかし、コンビニ袋にも利点はあります。使用済みのコンビニ袋は手をすっと引き抜くだけで外すことができます。ゴミ箱の上で外してそのままゴミ袋の中に落としてしまえば、相手の血液にいっさい触れずに廃棄することが可能です。それに対して、サージカルグローブの場合は、しっかりと手にフィットしているために、グローブをはずすという作業が必要となります。指先に相手の血液がついた状態で、グローブを外そうとして、グローブの裾の部分、手首の皮膚などに血液が直接触れてしまうことがあるかもしれません。

 グローブだから誰でもはめて使うことができるように思われるかもしれません。確かにそれは間違っていません。しかし、安全にはずす、ということは存外に難しいのです。実際、筆者が指導する訓練メニューには、サージカルグローブのはずし方、という独立した項目があるほどです。
 今回は、出血に関するあれこれをご案内してきました。いざ災害が発生して目の前に出血した負傷者と対峙した時に、応急手当を実施しようとしたら、止血法だけでなく、スタンダードプリコーションの観点からも様々な技術が必要であることもご紹介しました。
 仲間の命をつなぐことができたら、それは素晴らしいことですが、災害対応の絶対的なルールは、自分自身の安全が最優先。そして、防災の肝は訓練あるのみです。今回のお話しで止血に興味を持たれたのであれば、ぜひ、正しい訓練を受けてください。そして、仲間の命をつなぐ一員になっていただけたらと思います。

 

 


国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤   

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