45 グローブは安全の基本です

2024年 05月01日

靴を選ぶように手袋を選ぶ

 読者の皆さんはいまどんな靴を履いていますか。あるいは、今日はどんな靴を履いていましたか。なぜ、その靴を履いたのでしょうか。今日の服装とのバランスを考えたコーディネートで選んだのでしょうか。買ったばかりのスニーカーで、どうしても今日はそれが履きたかったのかもしれませんね。移動が多い一日だから持っている靴のなかで一番歩きやすいものを選ぶこともあるでしょう。靴の選択には、二つの観点に大別できるのではないでしょうか。コーディネートを意識した、ファッション的な観点と、機能性を重視した、実用的な観点の二つです。勿論、ファッション的な観点で使用する靴であっても、購入する際には歩きやすさや手入れのしやすさなど機能的な要素を考慮するでしょうし、実用性さえあれば何でも良いというわけではなく、登山靴を買う時には色の好みやデザインを意識するでしょう。ただ、一度購入して使用する段階になれば、ファッション的な靴と、実用的な靴では、使用するシーンは明確に分かれてきます。

【図版案】エプロンつけた女性が、ゴムグローブをはめて、お皿をもってる。スノボを抱えた人が、スノボ用のミトングローブをはめている。スーツ姿の女性が、白手袋をはめて高級そうな鞄を掲げている。大工さんが軍手をはめてる。という4人が一列に並んでいるイメージ。

 

災害時になぜグローブは必要なのか

 災害が発生した時にグローブが必要であると聞いた時に、読者の皆さんは、どのようなシチュエーションを思い浮かべるでしょうか。グローブは、その用途が防水、防寒、防風など、どのようなものであっても手を保護する目的で用いられるのが一般的です。防災用のグローブも手を守り安全を確保するのが目的です。では、災害時には何から手を守るのでしょうか。
 地震が発生した時に家具などが固定していないとどうなるか、という再現映像を見る事があります。本棚やタンスが移動し、倒れ、食器棚からは食器類が飛び出してきて床は破片だらけに、そんな光景を目の当たりにするわけですが、そうしたイメージが強いせいか、防災用のグローブを何に使うのかという問いかけに、案外多くの方が、割れたガラス片などを片付けるため、とお答えになります。しかし、この回答は必ずしも正しいとは言えないのです。確かに、割れたガラスを取り扱う時には、うっかり指先を切ってしまうこともあるかもしれません。なので、グローブで手を保護する、という判断は妥当といえば、妥当です。
 しかし、もう少し広い視野で考えてみて、防災の基本に立ち返ってみましょう。本コラムの記念すべき第1話でご紹介した、災害対応における絶対的なルールとは、「自分自身の安全が最優先」というものでした。手を切るかもしれないガラス破片をつまむという行為は、安全と言えるでしょうか。仮にグローブをはめていたとしても、片付けをしている最中に、新たな地震が発生したらどうでしょう。うっかりバランスを崩して、食器の破片が散乱している床に膝をついてしまったら、脚が血まみれになってしまうかもしれません。

 ガラス破片は手で拾い集めてはいけないんです。ホウキやモップを使って、片づければいいのです。特にマンションにお住まいの方には、普段は掃除機を使うばかりで、ホウキとチリトリという基本的な掃除道具を備えていないご家庭も少なくないようです。でも、ホウキとチリトリがあれば、ベランダの掃除も楽ですし、床に散乱したガラス片を片付けることができる、という意味では立派な防災グッズです。本コラムを読んでいて、はっと思われた方はぜひ、ホウキとチリトリの備えを検討してみてください。
 筆者は、防災用グローブを使うのは、最も基本的な理由として、手がかりを掴むためではないかと考えています。

 

転ばぬ先のグローブ

 災害時、安全を確保するためには避難をする必要があります。勿論、今いる建物が安全なのであれば、その場に留まる籠城避難が効果的ではありますが、近隣で火災が発生して延焼のおそれがある場合などは、急いで避難をする必要があります。ただし、災害発生後の避難は、普段の移動よりも多くの危険が潜んでいます。そもそも建物が停電状態にあり、非常用照明の灯りを頼りに移動しないといけないかもしれませんし、そうした薄暗がりの中で、足元に落ちている物に気が付かない可能性もあります。避難階段を下りている最中に、新たな揺れが発生しないとも限りません。そうした移動の最中、咄嗟のピンチには、何かにつかまって転倒を防ぐ必要があります。そもそも階段を移動する際には、常に手摺を掴んだ状態で移動した方が、はるかに安全です。
 実際、筆者が避難誘導の指導をする際には、階段部での避難誘導では「手摺につかまって階段を降りてください」といった掛け声をかけるようお伝えしています。ところが、避難者役として避難する人の多くが、手摺につかまらずに階段を降りていってしまうのです。なぜなんでしょうか。できれば、訓練だからと、なめてかかっている、という理由はご遠慮願いたいところですが、具体的な理由が1つ見えてきました。それは、「手が汚れるから」というものでした。確かに、普段使わない避難階段で埃をかぶっているかもしれないし、あるいは、多くの人が握る手摺を掴みたくない、ましてや、階段を移動するわけですから、手摺をこするように掴みながら移動するのは、手のひらが真っ黒になりそうで嫌だ、という心理が働くのはわからないではありません。手が汚れるのがそんなに嫌なのでしょうか。というわけで、ある訓練では、受講者の皆さんにグローブをつけていただきました。その上で、手摺をつかんで避難階段を降りるように指示をしたところ、殆どの方が手摺をつかんで階段を降りていました。

 どうも、手が汚れるから触りたくない、という心理で手摺をつかんでいなかったのは事実のようです。確かに手が汚れるのはいやなものです。バランスを崩しそうになって、思わず掴んだ部分が濡れているのもいやですよね。思わず匂いを嗅いでしまったりしないでしょうか。あるいは、体を支えるために掴んだ場所が思いがけず荒れた表面であったら、手を負傷する危険もあります。勿論、素手だからといって、何も掴まずに転倒しても、それはそれでケガの危険性があります。
 そう、防災用グローブの一番の用途は、万が一の転倒を防ぐため、階段を降りる時には手摺をつかみ、平地であっても、転びそうになった時に何か支えになりそうなものに安全につかまるため、であると、筆者は考えています。まさに、転ばぬ先のグローブです。

 

どんなグローブを選べばよいのか

 防災用グローブにも、お気に入りの高級ブランドの皮手袋を用意するなんて奇特な方はなかなかいらっしゃらないでしょうが、様々な種類があるグローブの中で、どんなグローブが防災用に適しているのでしょうか。ホームセンターのグローブ売り場に行くと、よくぞこれだけ集めたね!と感慨深くなってしまうほど、様々な作業用グローブが揃っています。そうした様々なラインナップのなかから、防災用グローブを選んでみましょう。
 まず、市販されている防災セットにもよく入っていて、ホームセンターでも束になって売られている、いわゆる、軍手。わざわざ防災用グローブを選ぶモチベーションがあるのであれば、あえて軍手を選ぶ必要はないでしょう。軍手はすべり止め加工がされている一部のものをのぞけば、指先が滑ります。細かな作業どころか、上着のファスナーの操作も困難なくらいです。また、編み目が粗く、細かな砂や、尖った木片などが容易に進入してきます。作業現場で特に汚れるようなシチュエーションでは、安さゆえに次々と交換できるメリットもあるかもしれませんが、災害で避難する際に、予備を5双、6双と持ち歩くのは厄介ですよね。

 もっともスタンダードなセレクトは、ゴム引きされているグローブです。グローブ全体が細かなニット状になっていて、指先から手のひらにかけて、ラバーコーティングが施されているものです。これですと、手のひら側はかなり保護されますし、ゴム引きなので、指先の器用さもあまり邪魔されません。手の甲側がニット状ですので、通気性もあって、長時間使用してもあまり不快になることがありません。また、最近では、スマホなどのタッチパネルに対応しているものもあり、グローブをつけたままでスマホが操作できるのも利点と言えますね。
 筆者もそうですが、消防のレスキューなどは、革製の作業グローブを使用します。革グローブは、手を保護するという面と、強靭性(なかなか破れない)という点において、抜群の信頼性を誇ります。その分、1,000円以内で購入できるゴム引きグローブに比べると、値段は高くなってしまうのが難点です。
 他には、ナイフなどで切られても大丈夫!耐刃グローブを、その保護性能から、防災グッズとして推しているケースを見ることもあります。切り傷には強いグローブですが、例えば撤去作業などで、突出した釘などが刺さる危険性がある場合などは、耐刃グローブよりは、作業用の革グローブを用意しておいたほうが良いでしょう。耐刃グローブも、作業用革グローブも、ホームセンターなら1,000円前後で適当なものが調達できます。あとはデザイン面など個人の主観と、お財布と相談しながらセレクトしていただければと思います。
 さて、お気に入りのグローブを選んだ、買った、その後ですが、防災グッズとしてまとめて保管しておくのも悪くはないのですが、ある程度薄くてコンパクトに畳めるゴム引きグローブくらいは、普段持ち歩く鞄の中に忍ばせておいて頂きたいものです。ヘルメットを常日頃持ち歩くのはなかなか難しいかもしれませんが、グローブくらいなら、携帯できるのではないでしょうか。災害はいつ発生するかわかりません。出先で被災しても、安全を確保するために、グローブの携帯をぜひ検討してみてください。

 

 

 


国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤 

 

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