14 危険を察知するセンサー、手のひら
2023年 01月15日
火災現場での脅威、バックドラフト
1991年公開の映画「バックドラフト」は火災と戦う消防士を主人公とした、謎の放火犯を追うスリラー映画の名作です。映画をご覧になっていない方でも、同映画を題材としたユニバーサルスタジオジャパンのアトラクションにはいった事があるという方もいらっしゃることでしょう。この映画のタイトルになっているバックドラフトですが、これは火災現場で発生する爆発現象で、わが国でも江戸時代の火消しの間では朱土竜(あけもぐら)の名称で既に認知されていたと言います。
火災の原因となる燃焼現象は、燃料(可燃性ガス)と高温、そして酸素の三つの要素が揃う事で発生します。この要素が一つでも欠けると、火は燃えません。初期消火の代表的な資機材である粉末式消火器は、消火薬剤が火点(≒燃えている物品)を覆い、酸素との接触を断つことで窒息消火をします。逆に消防士やスプリンクラーが放水するのは、水の気化熱を利用して火炎の温度を奪う冷却消火をしています。
防災の基本的技術の1つである初期消火については、あらためて詳しくお話しするとして、今回のストーリー、前半の主役は、バックドラフトです。
閉め切った室内で火災が発生すると、建物の構造が火炎に耐え、天井が崩れたり窓が割れたりしなければ、やがて火炎は自然と消えます。これは、室内にはまだ家具などが燻されて生じる可燃性ガスが充満し、火災の影響により高温状態が維持されているにも関わらず、室内の酸素が不足するために発生する状態です。ここで重要な点は、酸素以外の燃料と高温は室内に十分に備わっているという点です。この状態で不用意に扉や窓を開けると、外部の酸素が結び付いて一瞬にして強力な火炎が立ち上がります。これがバックドラフトと呼ばれる爆発現象となります。
消防士の方々は、バックドラフトが発生しそうな場合には、換気を調整して室内の可燃性ガスを少しずつ外に逃がしたり、迅速な放水をしたりしてバックドラフトを抑え込む戦術を備えています。ただ、これは絶え間ない訓練があってこそ実現するもの。素人が見様見真似でできるものではありません。私たちは警戒しつつ放置し、消防士の到着を待つべきでしょう。
災害時の扉の開放に必要な安全確認
災害において、火災はきわめて身近な危険です。地震によって暖房器具や仏壇の線香が倒れればそこから火災が発生するかもしれません。台風や豪雨は水のイメージの強い災害なので、火災とは縁遠い印象を持たれるかもしれませんが、停電に伴う配線のショートなどにより火災が発生します。雨が降っているから、火だってすぐに消えるじゃないかと思われるかもしれませんが、皆さんのお住まいの家は雨が降るたびに雨漏りをするのでしょうか。どんな大雨であっても、家の中は乾いて快適な環境です。それは火炎にとっても燃えるのに都合の良い環境であることは間違いありません。天井が焼け落ちたあと、雨のおかげですぐに鎮火したとしても、果たしてそれは手放しで喜べる状態でしょうか。
政府が試算している首都直下地震の被害想定では、東京、神奈川、千葉、埼玉の南関東だけで最大で2万4千人の死者が発生するとされています。そして、実にその7割近くの死因が火災であるとされています。災害と火災はそれほどに切っても切れない結び付きがあるわけです。
従って、特に、防火構造が充実しているオフィスビル、商業施設、病院などでの発災後の活動では、火災のリスクを常に考えておく必要があります。このリスクは、燃え上がる火炎を目撃するような火災だけに止まりません。一旦は火炎を消して、バックドラフトを引き起こさんとして、火災がまさに息をひそめて潜んでいる可能性があることを念頭に活動をすることが、生死を分かつことになります。
災害時の活動に限らず、ドローンの操縦でも、危険を伴う行動を開始する前には、安全確認をするのが必定です。その安全確認の内容は、想定される危険に応じて変化します。道路を横断する場合、自動車やオートバイとの接触が危険となるために、左右をよく見て安全確認をします。救助活動に入る場合には、ぐるりと全方位の安全確認をした上で、退路の確認をするのが安全確認の手法です。ドローンを起動する際には、前後左右に加えて上空という概念を意識して安全確認をしますね。
要救助者や逃げ遅れた人を探す捜索活動においては、扉を開けて次の部屋に移動する前には、バックドラフトの危険性を念頭においた安全確認が必要となります。具体的には、周囲の安全を確認した上で、扉に触れてみます。火炎は上部のほうが高温となりますから、扉の下方から上方に向けてなでるように触れて扉の温度を確認するのです。
この時に扉が熱ければ、内部の部屋で火災が発生している可能性が高くなります。火自体が消えていたらもっとたちが悪いですね。そこで扉を不用意に開けば、待ち受けているのはバックドラフトです。だからこそ、扉の温度を確認し、温度を感じたら、安全を最優先としてその扉は開けない、と言う判断が求められます。
温度センサーとしての触覚
温度というのは、なかなかに識別が難しいものです。表面に霜がついていれば、その物品がきんきんに冷えていることは分かりますし、湯気を上げてぶくぶくと気泡を浮かばせていたら、その液体が火傷するほどの高温であることが分かります。しかし、そこまで極端な状態ではない場合に見ただけで温度を把握することはなかなかに困難です。
火からおろした味噌汁の鍋に触れたら想像以上に熱かった、とか、夏の砂浜でサンダルを放り出して駈け出したら砂が焼けるほどに熱かったという経験は皆さんにもあるのではないでしょうか。このように、見て分からない温度は、触れることによって感じ取ることができます。しかし、それが想像以上に高温で、触れた途端に火傷を負ってしまうリスクを無視するわけにはいきません。
前述の捜索活動で、扉に触れて安全確認をする際に、扉がことのほか高温だった場合、バックドラフトに遭遇する危険は回避できるかもしれませんが、手のひらに水泡ができるほどの火傷を負ってしまえば、そのあとの応急手当などの作業ができなくなってしまいます。災害だけではありません。異常かもしれないと思ったドローンのバッテリーに触れてうっかり手のひらを火傷してしまえば、その後のドローンの扱いや操縦に支障を来す可能性があります。
触覚を温度センサーとして利用する場合には、どのような方法が適切なのでしょうか。
温度は手の甲で感じる
人は、他の動物よりも手を巧みに使う生き物です。そのために常の習慣として、何かに触れようとする際に自然と手のひらで触ろうとしてしまいます。しかし、これでは火傷や切傷をおってしまうリスクが無くなりません。
そこで、筆者らが捜索活動で高温かもしれない物品を確認する際には必ず手の甲を近づけます。あってはならないことですが、万が一、手の甲に火傷を負ったとしても、まだ手のひらは使うことができます。これは熱いものを触れる場合に限った話ではありません。感電の危険性がある場合などにも同様の手法が使えます。
ここで腕の構造を観察してみましょう。指先から肘にいたるまで、腕の関節は内側に曲がる構造になっています。無理に反対に曲げれば、捻挫、脱臼、骨折の危険があります。また、人は驚いたときに、「びくっとする」という所作を見せます。瞬間的な緊張によって無意識に筋肉が収縮する現象です。この緊張は、高温や低温の場合でも生じますし、感電した場合にも、電気のショックによって更に強く筋肉が収縮します。
手のひらで触れるという行為は、言い換えれば、腕の内側で危険物に触れる行為です。想定外のショックを受けた場合に、筋肉が一気に収縮すれば、指先から肘までの関節を使って、その危険な対象物を抱え込むような動作につながりかねず、より重篤な被害となる可能性があります。一方で、手の甲で触れた場合はどうでしょう。指先から手首までの関節が筋肉の収縮で急激に曲がったとしても、その動作によって瞬間的に危険な対象物から離れることが可能です。
身近な例でイメージしてみましょう。寸胴鍋で湯を沸かしているとします。湯気が上がってきて、そろそろ熱くなってきたかな、と湯気に手をかざして様子をみたとします。この湯気が思ったよりも熱かった場合、手のひらで温度をさぐろうとして、手のひらを下にして手をかざしていたとしたら。「あちっ」と手をはねたとき、腕は下方向に旋廻します。万が一、手が寸胴鍋にひっかかったりすれば、寸胴鍋の中の湯をぶちまけるどころか、脚にまで火傷をおってしまうかもしれません。手の甲で様子を見ていれば、腕は上方向に旋廻します。運悪く換気扇のフードに手をぶつけるかもしれませんが、寸胴鍋をひっくり返すことはありません。
想定外の危険がそこかしこに潜む災害時には、様子を探るために触覚に頼らざるを得ない状況も出てくることでしょう。災害時に限らず、ドローンを操作している時にも、同様の状況に遭遇することはあるでしょう。一方で、手が使えなくなるというのはとても不便な状況ですし、何かを適切に操作できなくなることで、その先に更に危険な事態に巻き込まれてしまう可能性も否めません。
触覚のセンサーを活用しながら、手のひらを守る。そのためには手の甲を活用するという方法をおすすめします。これは頭で理解しただけでは身に着くものではありません。技術というよりも、クセと言えるような行動だからです。ぜひ、今晩の入浴時、お風呂の湯加減を見る時から、手の甲の活用をはじめてみてはいかがでしょうか。
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国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員
佐伯 潤
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