15 転ばぬ先のヘッドライト

2023年 02月01日

災害がもたらす暗闇のおそろしさ

 読者の皆さんが、災害に際して自宅で在宅避難をするとした場合を想定した上での質問です。1つ目、防災グッズに懐中電灯は備わっていますか。2つ目、その懐中電灯以外に、ご自宅にはどれだけの電池駆動(停電下でも使用できる)照明器具があるでしょうか。今回のお題は、防災グッズの定番、照明器具についてです。
 視力や聴力に障がいのある場合などの事例を除けば、一般的に人は知覚の8割を視覚に頼っていると言います。実際には科学的な根拠の乏しい、この視覚8割の論ですが、当たらずとも遠からず、言わんとする趣旨にそれほど誤りはないかと思います。視覚に強く依存しているために、暗闇の中、何も見えない状況では活動が大幅に制限されるだけでなく、強い恐怖を感じます。  一方で、仮に雨戸を締め切った屋内であっても、雨戸のしつらえの無い小窓から街頭の明かりがこぼれたり、電子機器のデジタル表示が点灯していたり、あるいは、そもそも真っ暗な状態を回避するために常夜灯が点灯したり、と、特に都会で生活をしていると、真の暗闇を経験する機会に乏しいのが実情です。都市部で暮らしていると、真の意味での暗闇とは縁が遠く、ゆえに、その暗闇に直面すると、底知れない恐怖を感じるものです。
 いざ大災害が発生し、地域全体が停電すると、その見知らぬ暗闇が私たちを襲います。故に、災害に備える場合には、この暗闇に対する備えも、さらさら怠ってはなりません。
 暗闇に不慣れな私たちが、暗闇で行動するということは、多くの危険をはらんでいます。日常生活の中でも、夜中に目覚め、暗がりの中を照明のスイッチに手を伸ばすだけの間であっても、家具の角に足をぶつけたり、子どもが片付け忘れた玩具を踏みつけたり、様々な災厄に見舞われたことは無いでしょうか。これが災害時になれば、足元には何かの破片が散乱している可能性もありますし、地震動によって思わぬ場所に移動した家具にぶつかる危険性もあります。

 そうした暗闇を克服するための防災グッズが、懐中電灯をはじめとする照明器具です。

 

照明器具のTPO

 人類が初めて暗闇を克服するのに手にした手段は炎でした。ときに焚火として、その薪を抜き出して松明として、我々の先祖は暗闇と対峙してきました。時代は進み、現代を生きる私たちの手には懐中電灯が握られています。その懐中電灯も、電池の発達、そして、LEDの発明によって、強い灯りを得るにしてもひと昔前の単一電池を詰め込んだ松明とも変わらないような寸法の武骨な代物から、手のひらに収まるフラッシュライトが簡単に手に入るようになりました。
 ところで、フラッシュライトの備えだけで、防災は万全と言えるでしょうか。
 話は逸れますが、私たちは雨がふれば当然のように傘を差します。これが転じて、自転車に乗っている人でも、片手に傘をさしている人を見かけることがあります。道路交通法第71条第6項では、運転者の遵守事項として、「公安委員会が道路における危険を防止し、その他交通の安全を図るために必要と認めて定めた事項」を定めていて、それを受けて、多くの都道府県の条例では、傘を差して自転車を運転することを禁止しています。
そもそも視界の悪くなりがちな雨の日に、傘を差すことによって視界を更に悪くすることが危険である、という観点もありますが、片手の運転というのも、非常に危険なものです。
 一方で、雨天時でも活動をする警察官や、消防士、自衛官などが傘を差しているところを見たことがあるでしょうか。皆さん雨具や、防水性の制服を着用して、傘を差していません。活動のために両手を開けています。
同様の事がフラッシュライトでも言えます。フラッシュライトを用いることで、片手が塞がってしまいます。もし、もう片方の手で鞄を持っていたり、子供の手を引いていたりしたら、両手が完全にふさがれてしまいます。この状態で思わぬ段差に足をひっかけて転倒したらどうなるでしょうか。
 警察官はフラッシュライトを用意していますが、必要に応じて制服のエポーレット(肩章)などに固定できるようになっていますし、消防士や自衛官は大型の手持ち照明器具を用いることがありますが、基本はヘッドライトを用います。工事現場や土木現場で作業される方々も、ヘッドライトが標準装備です。夜の山道を駆け抜けるトレイルランニングのアスリートも同様です。このように、危険と対峙する場面での装備は、フラッシュライトではなしに、ヘッドライトが主流です。災害時の行動は、同様に危険と対峙している場面であると言えるのではないでしょうか。

 そうはいっても、ヘッドライトにも欠点はあります。それは、装着した人が見ている方向を照らすという点です。それ故に、仲間の手元を照らしつつ、周囲を見回して安全確認をする必要がある場合や、例えばドローンの着陸地点を継続的に照らし続ける場合などには、フラッシュライトのほうが使い勝手が良いこともあります。照明器具はTPOを想定して選ぶ必要があります。

 

現代版行灯、LED式ランタン

 アウトドアを親しまれる方などにとっては、ランタン型のライトはおなじみのアイテムと言えるでしょう。このランタンもまた防災グッズとしては欠かせないアイテムです。
 防災グッズとしての照明器具としては、フラッシュライトやヘッドライトのほうが一般的な印象がありますが、これらが発する灯りは、ビーム状に光を発し、対象地点を照らすタイプの照明器具です。一方で、私たちが平時の生活を送っていてよく使う照明器具にはどのようなものがあるでしょう。最も頻繁に用いているのは、天井や壁面に取り付けた放射状に光を発する照明器具ではないでしょうか。一方、ビーム状の照明器具は、自動車や自転車に取り付けられたライトぐらいしかないかもしれません。
 発災時に、停電の暗闇の中でなるべくいつも通りの落ち着いた生活を過ごすためには、ランタンが欠かせません。また、数量も、多めに備えておく必要があります。一戸建てならまだしも、マンションなどの場合には、居住空間の採光や換気が優先され、レイアウト的にトイレには窓が無いのが一般的です。となると、トイレばかりか洗面所は昼間であっても明かりが無ければ暗室となります。その気になって探してみると、窓のない部屋というのは以外と多くあるものです。
 仮にランタンが一つしかなかったとしたら、家族が揃ってリビングルームで避難生活を送っていたとしても、誰かがトイレに立つたびに、その人がトイレから戻るまでの間、残された家族は真っ暗なリビングルームで待機することを余儀なくされます。それでストレスを抱え込むなという方が無理な相談です。ランタンは部屋の数、ヘッドライトは家族の人数分を最低限の備えの量として考えても、決して無駄にはならないでしょう。
 ランタンの代用品として、フラッシュライトの先端に水の入ったペットボトルを載せるという方法が紹介されることがあります。これは、水の屈折作用と、ペットボトル容器の形状による乱反射作用で、ビーム状の光を散乱させることができるというアイデアに基づきます。小さな灯りを反射の作用で広範な灯りに転換する、まさに現代版の行灯とも言える知恵です。
 ただ、フラッシュライトの先端にペットボトルを載せるのは、バランスが悪く、すこしぶつけただけで倒れてしまいます。ランタンが足りない場合は、フラッシュライトよりも、予備のヘッドライトが役に立ちます。ヘッドライトの本体部分を、コンビニやスーパーで用いるような白色のビニール袋でかぶせるだけで、簡易的なランタンにすることができます。また、ペットボトルを利用する場合にも、ヘッドライトのバンドをペットボトルに巻き付け、ヘッドライトの照明口をペットボトルに向けて固定すれば、フラッシュライトを用いた場合よりもはるかに安定したランタンになります。

 

正しい照明器具の選び方

 フラッシュライト、ヘッドライト、ランタンと様々な照明器具をご紹介してきましたが、購入を検討する際には、しっかりと選んで、自分に適したアイテムをチョイスしてほしいものです。特にエラーが起きやすいのはヘッドライトです。ヘッドライトの明るさを示す単位としてLED照明の場合には光束(ある面を通過する光の明るさ)を示すルーメンという単位が用いられます。
 大は小を兼ねるかのように、ルーメンも大きい方がより明るく、優れたヘッドライトと思われることがありますが、一概にそうとは言い切れません。強力な灯りとして、800ルーメン以上のヘッドライトがありますが、これは主に屋外での活動に適しています。逆に屋内での使用であれば、400ルーメンもあれば十分です。災害対策本部などで活動する予定のある方であれば、100ルーメン程度の明るさに切り替えが可能なタイプがおすすめです。あまりにヘッドライトの明かりが強いと、手元で確認するべき書類に反射する光が強すぎて、書類の内容を読むことができなくなります。ホームセンターや工具店のヘッドライト売り場に行くと展示見本が置いてあることがありますので、そういった売り場で実際に明るさを確認すると良いでしょう。
 また、電源についても、使い捨てのアルカリ乾電池以外にも、リチウムイオン電池や、ニッケル水素電池など、充電可能なタイプが様々に発売されています。窓無しのトイレなど特殊な環境を除けば、照明器具が主に活躍するのは日没から日の出の起きている時間帯に限られます。充電可能な電池とソーラーバッテリーなどを組み合わせることで、継続的に明かりを確保することが可能となります。最近は専用の充電器を介さずとも、バッテリーパック自体にUSBコネクタが付いていて、USBケーブルを接続すれば、直接電池を充電できるタイプの充電池などもあります。
 用途や環境、そして、継続性などを考慮しつつ、賢く照明器具を選択し、備えておきたいものです。

 

 

 

国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤 

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