37 災害対応を率いるリーダーの姿

2024年 01月01日

リーダーの仕事とは

 災害が発生したら、様々な対応が必要となります。一人でできることは限られていますから、重要になるのはチームワークです。このチームワークの発揮に欠かせないのが、リーダーの存在です。今回のコラムでは、このリーダーについて考えてみましょう。
 リーダーはどのような時に必要なのでしょうか。危機管理の国際標準であるISO22320の原型ともいえる、米国のICS(インシデント・コマンド・システム)では、活動に際しての最小人員は2名であるとしています。いわゆるバディシステムです。そして、2名以上で活動する際にはリーダーを任命することが必須であるとされています。つまり、どのような状況であっても、リーダーの存在は欠かせないということになりますね。
 このリーダーの役割、読者の皆さんはどんな点が重要であるとお考えでしょうか。リーダーと聞いて、会社組織における社長や、部長、課長といった長のつく役職をイメージされる方もいらっしゃるでしょうし、お気に入りの戦国武将を思い浮かべる方もいらっしゃるでしょう。そうした様々なリーダー像を思い浮かべた際に、どんなリーダーが優秀であるとお考えでしょうか。

 筆者は、時に小学校や中学校で防災教育を担当させていただくことがあります。ワークショップ形式の授業が多いのですが、その際に、5人程度の班を編成して、グループワークに取り組んでもらいます。グループワークの最初にすることが、リーダー決めです。だいたいの場合において、元気のよい、おしゃべりも上手そうな子が率先してリーダーになりたがってくれます。そこで、リーダーの役割を伝えます。「リーダーの役割は、何もしないこと!」と宣言すると、「えー、、、」と、あちこちの若いリーダー達からがっかりするような声が上がります。その時に、筆者はこんな説明をしています。
 「リーダーというのは、チーム全員を引っ張っていく役割があります。チームメンバーはリーダーの指示(指揮)で活動します。メンバーが何か一つの事を終わらせたり、あるいは、任された仕事で困ったことがあればリーダーに報告したり相談したりします。この時にリーダー自身が自分で人を助けにいってしまったり、消火器で火を消しにいってしまったら、リーダーに報告したいメンバーは、まずリーダーを探しに行かないといけなくなりますよね。リーダーはどっしりと構えて、メンバーがきちんと活動できているかを見て、正しく指示を出すことが仕事になります。だから、リーダーになった皆さんは、何か作業をするというよりも、しっかりメンバーを見渡して、きちんと役割分担をして、困っているメンバーがいないか、あるいは、皆の意見をしっかりとまとめる、という仕事をしてください」
 皆さんの思っていたリーダー像と比べていかがでしょうか。

 

現場を取り仕切るのは誰なのか

 では、どんな人物がリーダーになるのが適切なのでしょうか。現代版孫子の兵法とも呼ばれる、第一次世界大戦後のドイツが示した「軍隊指揮 ドイツ国防軍戦闘教範」という書物があります。この書物の第1章第2節「指揮」の項目の冒頭に、指揮官に関する説明があります。
 それによれば、指揮官には、部下から親しみを抱かれつつ、強い意思、気高い性格、優れた知識・能力が必要であるとしつつも、指揮官のための規則は細かく決めるべきではない、とされています。細かく規定を設けることによって、かえって多種多様な戦況に臨機応変な対応が困難になるため、原則を明確に立てておくだけにとどめることが重要なのです。その中でも最も重要な要素が責任観念であり、懈怠無為(けたいむい:怠けて何もしないこと)は、方法の選択を誤るよりも重大な害となることがあると指摘されています。
 色々並べ立てられて難解なイメージになってしまいましたね。ここでリーダーシップにおいて特に重要なのは、最後の部分、責任観念であって、何もしない事を避ける点にあります。

 本コラムの第2話でも、危機管理学の根本として「不決断は誤った決断より致命的なことがある」ということをご案内しましたが、騎兵がまだ戦場を駆けていた時代から、ドローンが空を舞う現代まで、リーダーの決断の重要性は変わっていません。
 そうはいっても、決断をするというのはなかなか容易なことではありません。やるべきか、やらないべきか、といった選択が必要な時、必ずしも十分とは言えない手元の情報や、今後の展開に関する予想などを根拠に決断を下す必要があります。そのため、リーダーには事態に対する知識、訓練(あるいは実践)経験が求められます。
 その知識や経験というのは、なかなか見極めが難しいものです。軍人や消防士であれば、身に着けている階級章の線の数、星や桜の数などで、誰がリーダーに適任かが一目で分かります。しかし一般市民である私たちにはそういった目印が備えられていることは極めて稀です。
 特に、日本人の場合、どうしても上司におもねる、顔色をうかがう傾向があるように感じられます。また、上司の立場にある方は「私がやらねば」といった、良く言えば責任感、悪く言えば余計なプライドが強く出てしまうことがあるようです。平時と災害時とでは、求められる能力に根本的な違いがある場合だってあります。部下の中に適任者がいるようであれば、「後の責任は何とかするから、お前にまかせた」と、臨機応変に権限移譲をする決断力もまたリーダーに求められる素養です。勿論、本人が最も災害対応のリーダーとして適任である場合には、そのままリーダーシップを取っていただいて構いません。

 

リーダーの交代

 災害対応で自分自身がリーダーの役割を担っている最中に、自分よりリーダーに適切な人員が現場に到着したとします。分かり易い例としては、火災が発生し、消火器や屋内消火栓を用いた初期消火活動や、在館者の避難誘導の指揮を執っていたとします。そこに、消防署から消防隊のチームが到着しました。この場合、明らかに消防隊のチームリーダーのほうがリーダーに適任であると言えます。そうしたときには、素早くリーダーを交代することが、効果的な対応につながります。
 また、リーダーになったからといって、超人になったわけではありません。食事や睡眠といった休息も必要です。ICSでは、8時間、最長でも12時間以内の人員交代で休息をとることが求められています。
 こうした作業途中でのリーダーやその他のメンバーの人員交代で重要なのが、申し送りです。現在の状況、何を目的として活動していたのか、その上での課題・問題や不足資源は何なのか、負傷者・取り残された者はいるのか、今後到着予定の応援部隊・資材は何があるか、といった情報を的確に伝えることで、人員交代があっても作業は円滑に継続することができます。冒頭でご案内したとおり、リーダーは実務をこなす存在ではありません。その代わりに、様々な情報を把握して、適切な申し送りに備えることが求められます。勿論、必要であれば、申し送りのための情報の整理といった作業自体は、部下に指示しても構いません。
 本コラム第19話でご紹介した通り、睡眠不足は全ての活動の大敵です。過去の災害でも不眠不休のリーダーの奮闘が紹介されることがありますが、結果的にうまくいったから良いものの、着実に災害対応をこなす上では、けして後学の参考にして良い事例とは言えないでしょう。様々な理由があるものの、正しく権限委譲できること、というのも、優れたリーダーに求められる要件なのです。

 

部下は何人まで?

 八面六臂の活躍をするリーダーには、必ず優秀な副官やサポートスタッフが控えています。少人数のチームならまだしも、チームが大所帯になってきたとき、それこそ数十人規模のチームをリーダーが1人で指揮を執るというのは果たして適切なのでしょうか。けしてそんなことはありません。
 ICSではSpan of Control(スパンオブコントロール:監督指揮限界)というものが規定されています。これは、1人のリーダーが指揮できる人員の数の上限を定めたもので、5人までが適切、最大でも7人と定義されています。つまり、リーダーが報告を受け、その内容を精査し、次の指示を出すといった対応が適切にできるのは5人程度まで、というものです。チームメンバーが増えてきた場合、リーダー直下のメンバーは5人にとどめ、その他のメンバーは、リーダー直下の5人の配下に加えていきます。この編成を繰り返すことで、5人程度の小規模のチームから、数十人、場合によっては数百人の組織であっても、適切に運用ができるとされています。
 東日本大震災の折、福島第一原子力発電所の事故が発生した際、原発内部では、13のセクションが所長の直下で活動をしていました。これでは、所長に判断の全てが委ねられることとなり、所長がパンクしたら、全ての組織が止まってしまう危険と隣り合わせです。そもそも、1人で13ものセクションの活動に常に気を配るというのは、相当な器量のリーダーでなければ、こなすことが出来ません。結果的にリーダーを「俺がやらなければならない」という過分な重責に追いやり、替えの利かない立場として孤立させてしまいます。この反省から、福島第一原子力発電所では、事故の後に組織体制を刷新し、所長の直下に3名のサブリーダーを配置し、各セクションをそれぞれのサブリーダーの配下に割り振りし直しました。

 災害時、あるいは、平時であっても、ドローンを組織だって運用するケースもあることでしょう。そんな時には、例えば、パイロットチーム、飛行計画やデータ処理を担当する情報チーム、バッテリー交換・充電などを担当するサポートチーム、離発着場所の確保や第三者進入を確認する安全チームといった具合にチームを分けて適材適所の人員を当てはめていけば、安全かつ確実なミッション遂行が実現することでしょう。こうした組織対応も、災害時にいきなりトライしてできるものではありません。自治体や地方公共団体との協定などによって、災害対応でのドローン運用を計画されている場合などには、リーダーを中心とした組織編制の備えも充実させておく必要があると言えるでしょう。

 

 

 

国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤 

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