27 血が流れていなくてもケガはしている

2023年 08月01日

重いものが飛び掛かってくる恐怖

 人間は自重の4倍荷重がかかると、窒息状態となり10分以内(3倍荷重で1時間以内)に死亡する危険があるという事実は本コラム第6話でご案内しました。読者の皆さんもご自宅や勤務先などで、家具の転倒防止をしたり、避難経路の確認時にブロック塀や自動販売機を意識したりして、重いものに対するケアをされていることでしょう。今回は、「窒息するほど重くはないけど、当たると痛い」程度に重いものの危険について考えてみましょう。
 皆さんの周りには、どのような当たると痛い重いものがあるでしょうか。筆者の自宅で一番重い本は、おそらく広辞苑ですが、あれを足に落としてしまうことを想像してみると、、、かなり痛いですね。テレビや電子レンジといった家電も重いですし、水・食糧の備蓄の入ったケースもなかなかの重量があります。災害対応の教育訓練では、受講者の方々が次々と重いものを挙げてくださいます。
 一方で、多くの方が、色々と重いものをイメージしているなかで、いざ地震が来たら、そうした重いものから、どのように身を守るかと聞くと、多くの方が「落ちてきそうな場所から離れる」と回答されます。果たしてそれで安全が守られるでしょうか。状況によっては、地震が発生した際、当たると痛い物たちは、あなたに「落ちて」くるのではなく、「飛び掛かって」くる可能性があります。
 大林組が地震に関する研究で、南海トラフ地震が発生した場合、40階建てのビルはどのように揺れるかを検証しています。地震が多発する日本のビルでは、地震によって建物が倒壊しないように、地震に合わせて揺れる柔らかさを備えています。しかし、建物が高くなると、共振作用が働き、地上よりも高層階の方が大きく揺れます。制振機構(共振作用をおさえる仕組み)がないビルの場合、南海トラフ地震の揺れによる振れ幅は40階で2m近くになります。

物理の法則の基本に、慣性の法則があります。上述のビルの40階にいるとしましょう。南海トラフ地震が発生した場合、建物は2mも揺れます。とても立っていられずしゃがみこんだあなたも建物とともに2mの振幅で水平移動をしています。一方で、机の上に置いておいた広辞苑は、机との摩擦抵抗よりも慣性の法則が上回り、その空間に留まることとなりました。この様子を俯瞰的、かつ、スロー再生的に観察すると、一瞬、部屋の中に浮いた広辞苑に、建物と一緒にゆれるあなたが突っ込んでいったように見えます。被災をした本人の視点で観察すると、揺れとともに、机の上から広辞苑が自分に向かって飛び掛かってきたように感じられます。これは、痛いですね。
そうした被害を防ぐためにも、家具類の固定だけでなく、重量のある家電などは、滑り防止のパッドをかませ、コピー機などキャスターが付いているものは、しっかりと足が固定されているかを確認しておく必要があります。

 

内出血に注意

 人は体重1kgあたり、約80mlの血液があり、総血液量の3分の1を失う、落命のおそれがあります(詳しくは本コラム第20話を参照)。重い物がお腹にあたって、内臓が傷ついた場合などは、体内での出血、内出血が発生します。外傷による外出血と同様に、内出血でも血液が体内に漏れ出すと命の危険にさらされます。
 重い内出血は重症ですから、ぐったりしているように見えますが、外観上には大きなケガが見えないために、疲れてぐったりしているように見間違う場合もあります。内出血が進むと、チアノーゼといって唇が紫変するなどの様子が観察できますが、慌ただしい状況下では見落としてしまうおそれもあります。そこで、ぐったりした仲間がいた場合に、内出血をしているかどうかを確認する簡単な方法をご案内します。

ブランチテスト(毛細血管再充満時間)という手法です。ご自身でも試せる方法ですので、本コラムを読みながら一緒にやってみましょう。右手を握り、人差し指の側面部分に、左手の親指を載せます。次に右手の親指で、左手の親指の爪を力いっぱい5秒間押します。左手の爪は圧迫されて白っぽくなります。5秒後に右手を離し、2秒以内に元のピンク色に戻れば、指先の毛細血管にまできちんと血液が循環していることが確認でき、正常を表します。これが、内出血が発生していると、2秒経ってもピンク色が戻らない、毛細血管に血液がめぐって来ないということになります。至急医療機関での治療を受ける必要があります。
なお、ブランチテストは、寒冷状況で血の巡りがそもそも悪くなっている状態では正確に実施できない場合があります。また、マニキュアが塗られていて爪の色が確認できない場合には、親指の腹側で実施することもできます。

 

体幹部の負傷の危険

読者の皆さんもご案内の通り、血管同様に、神経もまた体中に張り巡らされたネットワークとなっており、外からの刺激をキャッチしたり、脳からの指示を伝達したりする重要な役割を担っています。その神経の中でも背骨を通る神経は中心的な役割を果たし、首の部分、頚椎(けいつい)を損傷し神経が傷つくと、生命の危険や、全身麻痺などの重い後遺症につながることがあります(頸椎のみならず他の神経へのダメージも深刻な状況になる場合があります)。
転落した、転倒して頭を打った、頭部に何かが当たった、あるいは、顔面や頭部を負傷している負傷者については、特に頸椎損傷の可能性を疑ったケアが必要です。基本的に頸椎損傷の可能性があると考えられる場合は、その対処は医療従事者に任せてください。ほんの少し頭を動かしただけなのに、その拍子に折れた頸椎が神経を傷つけて症状を悪化させてしまう可能性などが考えられます。

皆さんが災害の現場で倒れている人を発見した際、見つけた直後はその人が頸椎損傷の疑いがあるかどうかは分かりません。この時、皆さんに注意して頂きたいのは、負傷者への声がけは顔を近づけて覗き込むようにして実施するという点です。逆に、2、3m離れたところから声がけをした場合、負傷者に意識があれば、声のした方向に顔をむけようとする反応をする可能性があります。この頭部の回転が、頸椎損傷を悪化させる原因になることも十分に考えられます。倒れている人に声をかける場合には、できるかぎり近づいてから声をかけるほうが安全と言えます。
脊椎とならんで、危険度が高いのが、骨盤骨折です。骨盤の周辺には脚部につながる太い血管や、神経、排泄器官が通っているため、骨盤骨折は、生命や重い後遺症にかかわる外傷です。骨盤には、膀胱や腸などを保護し、また、体重を支える役割があります。上半身と下半身の接点に位置するために脚を持ち上げても、上半身を起こしても、骨盤には負荷がかかります。
そのため、固定していなかったコピー機が地震動ですっ飛んできて腰に激突した、といった受傷機転(負傷の原因)を訴える負傷者については、骨盤骨折を疑い、頸椎損傷と同様に、医療従事者による対処にゆだねてください。無理に動かすと、重大な被害につながる危険があります。

 

体内の負傷に対してできることは少ない

今回取り上げた、内出血や、頸椎損傷、骨盤骨折は、激突、墜落、転倒などにより発生する外傷で、災害時だけでなく、平時の交通事故などでも見られます。これまでのコラムでは様々な危険やリスクに対して、「こうなった場合には」といった対処法や訓練をご案内することがありました。しかし、今回ご案内した外傷はいずれも、何かの訓練を受けたらどうにかなる、といった類のものではありません。また、対処のちょっとした誤りが重症化につながりやすいことから、決して見様見真似でトライしてはいけません。
一方で、かねてからご案内の通り、防災のキモは対処ではなく、備えです。基本的な備えである、固定、滑り止め・ストッパーの設置、キャスターのロック、あるいは、そうした留め具の定期的な点検が徹底されていれば、それだけ、重たい物たちがあなたに飛び掛かってくるリスクは低減できます。

あなたがいま、ご自宅におられるのであれば、電子レンジやテレビの固定をチェックしてみてください。オフィスにおられるのであれば、コピー機やシュレッダーを押してみてください。動くようであれば、キャスターについたロックレバーや、回転させて突出させる固定用の足など、簡単な操作で固定ができるはずです。あなた自身や家族、仲間を、お手上げ状態の悲惨な外傷から守るのは、ほんの些細な備えの積み重ねなのです。

 

 

 

国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤 

トップページ / ブログ / 防災 / 27 血が流れていなくてもケガはしている
おすすめ記事

Contact us

ドローンスクールに関するお問合せ・資料請求

JUAVAC ドローン エキスパート アカデミー

03-5809-9630

10:00〜18:00(平日のみ)

お問合せ・資料請求フォームはこちら