39 基本のスキル、初期消火

2024年 02月01日

初期消火の重要性

 第26話では、火事のおそろしさについてご案内いたしましたが、火事が発生した場合に必要となる主な行動は、通報、初期消火、避難誘導です。今回はその中から初期消火について考えてみましょう。初期消火には主に二種類の方法があり、消火器を用いたものと、消火栓を用いたものがあります。最初に、最も一般的で、皆さんも過去に防災訓練などで一度は手にしたことがあるかもしれない消火器による初期消火について掘り下げていきましょう。
 オフィスや駅などの施設で設置が義務付けられている消火器は20mの範囲内に1台設置することが定められています。また、地域によっては道路上に消火器をおさめたボックスが設置されていることもあります。電車の車両にも設置がされています。皆さん、いまいる場所の最寄りの消火器がどこにあるか、すぐに思い出せますか。こうした場所に設置されている一般的な消火器は10号消火器と呼ばれるタイプのもので、重量は約5kg、消火薬剤という粉末を噴射するタイプのもので、その噴射時間は15秒程度です。
 火事の原因である燃焼のメカニズムをシンプルに表現しようとすると、燃焼のための材料(燃料)と、高温、酸素の3要素の組み合わせを挙げることができます。この3要素の条件が整うことによって燃焼が発生、持続します。逆に、このバランスを崩すことによって、燃焼をとめる、すなわち、消火が実現します。
 大量の水を用いて温度を奪う、消防隊の放水や、消火栓による消火とは異なり、消火薬剤を用いる消火器による消火は、消火薬剤で燃料となってる物質を覆うことで酸素との接触を断つ、窒息消火がそのメカニズムとなります。そのため、消火器で消火を行う場合は、火炎の根本、燃えている物体を狙い、ノズル細かく左右に振って消火薬剤で広くまんべんなくカバーするように照射しなくてはなりません。

 以前は、消防訓練では消火器を使用している最中にも「火事だ!」と叫ぶことが指導されていたこともありました。しかし、2022年に筆者が全国の現役消防職員を対象に実施したアンケートでは、消火器を使用している本人は、大声を出すことにより呼吸が激しくなり、火災による煙や、消火薬剤などを吸い込んでしまうリスクが高いために、黙って消火をすることを推奨する方針に変わってきているようです。

 

ピンを抜いて、ノズルを向けて、レバーを握る、だけじゃない

 前章で少し消火器を用いた初期消火のメカニズムについて触れてきましたが、消火器の使い方の基本は、①安全ピンを抜く、②ノズルを火炎に向ける、③レバーを握る、という3ステップで教わってきた方が多いかと思います。安全を優先し、それでいて確実な初期消火のために、ここではもう少し細かな段取りについて学んでいきましょう。
 まず、火事を発見したら、おちついて火炎の状況、火勢について観察をしてください。ひとつの目安として、火炎の高さが自分の身長より低ければ、消火器による消火ができる可能性があります。この場合、119番通報や、施設内であれば非常ボタンを押して館内通報をすることは、別の人にお願いして任せた上で、消火器による初期消火を先行させてください。火炎はみるみる成長しますので、まだ火勢が弱いタイミングであれば、消火器で消し止めるチャンスを逃さないことが重要です。

 逆に、すでに火炎が身長よりも高くなっていたら、消火器による消火は無理です。安全を優先させて避難する必要があります。先にご案内した通り、火炎の燃焼が継続するには酸素が不可欠です。そのため、少しでも酸素供給の可能性を断つためにも、避難をする際には扉は必ず閉めることを忘れないでください。
 また、消火器の照射時間は、一般的な10号消火器で、15秒程度と短いものです。そのため、周囲に人がまだいるようであれば、追加の消火器を持ってきてもらうよう依頼するのも効果的な手段と言えます。なお、消火器が複数になった場合に、使用済みと未使用の消火器を混同してしまうことを避けるために、使用済み消火器は、移動の邪魔にならない場所に横にして置くべきです。
 なにより重要なのは、消火器の仕様をする前に、しっかりと退路、避難経路の確認をしておくことです。粉末消火器は、文字通り、粉末状の消火薬剤を大量に噴射します。そのため、一度消火器を使用すると、その場所は消火薬剤の煙が立ち込め、煙幕を焚いたかのような状態になります。消火器による初期消火が成功すればまだしも、もし、初期消火に失敗して避難しなくてはならない状況下で、どこに避難して良いのかが不明になると、命の危険に関わります。安全ピンを抜く前に、必ず退路の確認をしてください。

 

消火栓は宝の持ち腐れ?

 日本の施設においては、消火器にならんで身近な消火設備が、屋内消火栓です。赤いランプと、赤くて丸い非常ボタンの付近に「消火栓」と記された扉がついていることを記憶されている方はおおいのではないでしょうか。では、その中身がどうなっているかを把握している方はどうでしょうか。筆者の経験からすると、残念ながらそれほど多くは無い、というのが実態であるような気がします。
 屋内消火栓には1号と2号があります。1号消火栓はホース長が30mあり、水圧も比較的強い反面、ノズル部分で水の放射と停止を操作することができず、ホースの付け根側で別の人がバルブを操作する必要があります。一方、2号消火栓は、ノズル部分で水の放射を操作することができるのが特徴です。最近の建物では、2号消火栓を見かけることが多くなりましたが、まだまだ1号消火栓も一般的です。そして、なにより重要なことは、屋内消火栓は消防隊のための設備ではない、ということです。消防隊は、消防車に搭載された、もっと大口径で強力なノズルとホースを使用します。つまり、屋内消火栓は、そこで生活をする我々一般市民のための消火設備なのです。それなのに、使い方はおろか、その存在もよく知らないとあっては、宝の持ち腐れにほかなりません。

 さて、特に1号消火栓の場合、ホース部分が、消防士が使うホースと同様に布で出来ています。この特徴ゆえに、1号消火栓の操作にはちょっとした工夫が必要です。庭の水まきで、ビニルホースの一部が鋭角に折れ曲がっていると、そこがつまりとなって水がうまく出ないことがあります。消火栓のホースも同様です。そのため、1号消火栓を使用する場合、一旦ホースを全て伸ばして、折れやねじれを解消しておく必要があります。
 これまでも本コラムでご案内してきた通り、大規模災害が発生した場合には、電話回線の輻輳状況、道路の被災状況、また、火事の多発や、そもそも消防署自体が被災する可能性もあるため、119番通報がつながらない、あるいは、消防隊がすぐに駆け付けられないおそれが十分に考えられます。そのため、消火器による消火が失敗したとしても、屋内消火栓を用いた消火の必要性および可能性は念頭に置いておく必要があります。
 時間との勝負である初期消火にあって、消火器による初期消火が失敗した後に、消火栓のホースを展開して準備しているのでは、貴重な時間を浪費することになってしまいます。消火器による初期消火に着手すると同時に、別働の人員が消火栓の準備にも着手しておくことが、円滑な初期消火活動につながります。
 勿論、あらゆる防災活動において重要なのは訓練です。消防署や自治体が設置する防災研修施設では、消火栓の使用体験ができる施設も少なくありません。ぜひ機会を作って体験しておいていただきたいものです。

 

初期消火は火が消えれば良い訳じゃない

 初期消火がうまくいって、火炎が消えたとしても、油断は禁物です。たとえば台所での火事の場合、それは調理中に発生する可能性が高く、調理中であるということは、換気扇も稼働しています。火事で発生した高温の空気が換気扇を伝って排気口の外に排出されている可能性もあるわけです。そのため、目の前の火炎を消すことができたとほっと息をつくのも束の間の話で、直後に別の場所で新たな火事が発生しているかもしれないのです。
 このように、火事の延焼は単に火の粉や火炎が広がって起きるだけではありません。火炎によって発生した輻射熱で、直接火炎が触れていない地点で新たな出火が発生することも考えられます。もっともリスクが高いのは、火事が起きた直上の居室ですが、それ以外に、壁の内側の断熱材など、目に見えない部分に新たな火種が芽生えているおそれもあります。

 よって、災害時の火事では、初期消火が成功したとしても、継続的な警戒が必要となります。また、平時の場合、119番に通報する前に消火器での消火に成功したとしても、必ず119番に通報することを忘れないでください。消防は、あらゆる火災を、その原因を検証して記録として残す必要があります。また、記録目的だけでなく、消火の済んだ現場であっても、消防隊は念入りに現場を確認して、前述の壁裏などに高温が残っていないか、など徹底的に再燃の危険性をチェックしてくれます。気を抜いた後の再出火、そんな恐ろしい目に遭遇しないためにも、火事が起きたら初期消火の正否に関わらず119番通報を忘れずに。
 今回は、初期消火についてご案内してきました。地域の防災訓練で、水を噴射する模擬消火器で、炎のイラストが描かれた看板を狙い撃ちしただけでは、十分とは言えません。それはあくまで消火器の使い方を学んだにすぎず、初期消火の仕方を学んだわけではないからです。また、初期消火は、通報をする人、追加の消火器を取ってくる人、屋内消火栓の準備をする人など、様々な役割の連携プレーが成立したほうが、その成功率は高くなります。防災のキモは訓練。職場の皆さんで、その連携を確認するための消火訓練も、自分たちの安全には欠かせません。

 

 

 

国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤 

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