41 ミクロの世界の危険

2024年 03月01日

災害時には目に見えない脅威もある

 大地震のような災害が発生した際には、家具やブロック塀など様々なものが転倒する危険性があります。また、キャスターのついた大型のプリンターやコピー機などは、キャスターを固定していないと、勢いよく移動し、衝突によって骨折や内臓損傷のリスクがあります。こうした大きな物品の危険性以外にも、床に落ちて割れたガラスコップの破片などにも注意を払う必要があります。しかし、災害時の危険は目に見える物ばかりではありません。今回は目に見えないレベルの危険、微粒子についてのお話しです。
 微粒子と一言で言ってもその内容は様々です。建物の損傷などで発生する埃も微粒子の一種ですし、今回のお話しでは、空気中に漂うカビなども微小な物質というくくりで、微粒子の一種としてご案内します。これらの物質がどれくらい小さいかをまずは把握してみましょう。
 微粒子について考える際の長さの単位はμm(マイクロメートル・ミクロン)を用います。1mmは1,000μmに相当します。ちなみに髪の毛の直径は、個人差はあるものの、30~100μmとなります。春先になると、また今年もつらい時期がやってきたと思われる方も多くいらっしゃるかと思いますが、花粉は30μm前後の大きさです。

 さて、今回のお題である危険な微粒子ですが、その大きさは0.1μm以下から、大きいものでも100μm程度です。このミクロの世界にも多くの危険が含まれています。ニュースでも取り上げられるPM2.5ですが、このPMはParticulate Matter(微小粒子)の略で、2.5μm以下の大きさの微粒子を指します。PM2.5と言っても、その名前の物質があるわけではなく、様々な物質が該当するわけです。火災によって発生した煙もPM2.5を組成する微粒子が含まれています。
 微粒子は、とても小さいために呼吸によって気管から肺に取り込まれることがあります。異物が肺に入り込むわけですから、炎症や、誤嚥性肺炎の原因となり、重症化すれば呼吸不全や敗血症を引き起こし、命を落としかねません。

 

特に恐ろしい微粒子

 石綿、あるいは、アスベストという名前は皆さんも耳にしたことがあるかもしれません。アスベストは石の綿と称される通り、鉱物でありながら繊維状に分離します。加工が容易で、耐火、耐熱、耐摩耗にすぐれた性質を有することから、古代エジプト時代から使用されてきました。近現代においても、耐熱材として建材として用いられるほか、自動車のブレーキなど幅広く利用がされていました。
 一方で、アスベストは細かく分離し、その繊維は0.5~2μmと非常に細かな針状の微粒子になります。このアスベストの短繊維を吸引することで、中皮腫や肺がんの原因となることが知られています。日本でもアスベストへの被ばく量の多い工場や建築現場などでの健康被害が判明してきたことから、1970年代以降規制がはじまりました。
 特に1995年に発生した阪神淡路大震災では、被害を受けた建物の多くにアスベストが含まれていたことからその危険性が再度注目され、2006年にアスベストを含む建材等の使用禁止が、また、2014年には適正処理に関する法律が制定されました。そうはいっても、それ以前に建てられた建物などにはいまだアスベストが含まれていることがあり、注意が必要です。身近な例としては、マンションのベランダの端に設置され、避難の際には蹴破って避難してください、と記載のされている白いボードがありますが、古い建物の場合、このボードにもアスベストが含まれていることがあります。
 アスベストの恐ろしさは、その潜伏期間にあります。一定量のアスベストを吸引してしまい、それが中皮腫や肺がんとして現れるまでには20年近くかかると言われています。小さい子供が被災して、思いがけず大量のアスベストに被ばくしてしまった場合、その子供が肺がんなどで苦しむのは20代中ごろ、社会に出て、ひょっとしたら結婚もして、人生もいよいよこれから、というタイミングに当たります。

 アスベスト以外にも、例えばカビも恐ろしい微粒子となります。特に津波、台風、高潮、洪水など水による被害が発生した後には、建物のあちこちにカビが繁殖することがあります。その中には、黒カビやアスペルギルス属、ペニシリウム属など、様々な有毒なカビが含まれます。
 黒カビなどが発生させる、有害物質を総称してマイコトキシンと呼びますが、これは体内に蓄積されて、肝機能障害、腎機能障害、免疫低下など様々な害を引き起こします。

 

微粒子のリスクから逃れるために

 微粒子は、その殆どが目で見ることができません。それでも、微粒子が飛散するような環境は、微粒子だけでなくもう少し大きな粒子の埃なども飛散しています。こうした粒子や、微粒子は、光を乱反射させます。微粒子や粒子が飛散している状況をイメージしてみましょう。大掃除ではたきがけをしている室内や、埃っぽい場所、あるいは、霧雨(この場合は細かな雨が粒子の代わりになります)が降る道路などでは、なんとなく空気が煙って見通しが悪くなります。雨が降っている状況では、雨が空気中の微粒子をからめて流してくれますし、湿った微粒子は舞い上がることはありませんので良いとして、乾燥した環境で視界が悪い状況というのは、空気中に何らかの微粒子や粒子が飛散している証拠です。
 原則として、このような煙っぽい環境には立ち入らないというのが安全の大原則となります。どうしてもそのような環境に立ち入らないといけない場合には、適切な保護具が必要になります。具体的にはマスクとゴグルです。
 新型コロナウイルスの感染が猛威を振るっていた時には、誰しもがマスクを着用していました。ただ、残念なことに筆者が見る限り、半分以上の人が正しくマスクをつけているとは言えない状況でした。マスクの周囲が隙間だらけで、マスクが微粒子を含む空気の吸引をブロックしているかというと、必ずしもそうとは言えない状態です。一般的にサージカルマスクとよばれるマスクにはいくつかの種類がありますが、先にご案内した通り、花粉の粒子はかなり大きいため、花粉対策のマスクは微粒子相手には殆ど意味を成しません。風邪ウイルス用のマスクは集塵能力は高いのですが、基本的にサージカルマスクは密閉性能が無いため、これもまたおすすめできません。
 対微粒子の場合には、しっかりとマスク周囲が顔に密着し、また、フィルター性能も十分である、N95マスクや、防塵マスク(DS2マスク)と呼ばれるマスクの使用をする必要があります。N95マスクなど高性能マスクには、医療機関などで多く見かける不織布でできた使い捨てタイプと、工場や作業現場で見られるフィルター交換タイプがあります。

 もし、皆さんが災害に備えて、微粒子の危険に対抗できるマスクを用意しようと思われるのであれば、フィルター交換タイプのマスクをおすすめします。こちらのマスクは顔にあてる口覆い(マスク)部分にクッションとして面体ゴムが付いていますので、誰でも比較的容易に顔にフィットさせてマスクをつけることができます。不織布の使い捨てタイプは、この顔にフィットさせてつける、ということが意外と難しいのです。
 N95マスクやDS2マスクはつけた後に、定期的に正しくつけられているかどうかを確認するフィットテストを受ける必要がありますし、つける都度に、漏れがないかを確認するセルフシールチェックを実施する必要があります。フィルター交換タイプのマスクの場合、排気弁の部分を手で塞いで強く呼吸をします。排気弁を塞いでいる状態で、しっかりと顔にフィットしていれば、マスク内部は密閉状態になりますので、息を吐くとマスクが膨らむような感じを受けますし、息を吸い込むと、マスク全体が内側に凹むような感じを受けます。逆に、こうした感覚が得られない場合は、どこかで漏れが生じていることになり、マスクの防護性能も発揮されていないことになります。

 

微粒子には近寄らないのが最善

 N95マスクやDS2マスクをつける際にここまで厳重にチェックする理由としては、マスクが正しくつけられていないのにも関わらず、マスクをしているから大丈夫だと勘違いをして危険な環境に長時間身をさらしてしまうことが、とても危険な行為だからです。
 たまに質問を受けるのが、N95マスクやDS2マスクに子供用はないのか、という質問です。過去にはPM2.5対策として子供サイズのマスクが製品化されたこともありましたが、現在は廃版にしているメーカーもあります。子供にはN95マスクやDSマスクは用いられません。1つの理由としては、つける作業が複雑で、子供では習得が困難であることが挙げられます。もう1つの大きな理由としては、N95マスクやDS2マスクはフィルターの密度が高いために、呼吸がしづらく苦しいのが一般的です。大人であれば、苦しくても微粒子の危険を理解して我慢することもできますが、子供はその我慢ができない可能性が高いのです。

 また、そうしたマスクを装着するような状況では、マスク以外にもゴグルや防護服、作業服などを装着しています。微粒子の危険がある場所から出てきた時には、衣服などに付着した微粒子が舞い上がらないように静かに衣服等を脱いで、最後にマスクを取るといった段取りが必要となります。これもまた子供にはなかなか難しい作業となります。
 新型コロナウイルスの感染が拡大していた時期のことを思い出してみてください。正しくつけられているかどうかは別として、全員がマスクをしていても、なお、感染拡大防止の基本は3つの密を回避することでした。災害時の微粒子の脅威に対しても同じことが言えます。十分な性能のマスクを用意してあるから大丈夫、ということではなく、第一は、微粒子が飛んでいそうかどうかを常に気を付けつつ、危険な場所には近寄らない。それが身を守るための大原則であると言えます。

 

 

 


国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 嘱託研究員     
公益社団法人 東京都理学療法士協会 スポーツ局 外部委員 
佐伯 潤 

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